出発

「あなたは、これからとても重要なことをやらなければなりません。
これは、あなたにとって、とても辛いことかもしれません。
このつるぎはあちらとこちらを行き来する窓を壊す唯一の道具です。
これでこの窓をこわしてください。
こちらの世界はそれで消えてなくなります。
三島さん、あなたはこの子についていってあげてください。
これから忙しくなります。
今までのデータで最後のスイッチをおしていってください。
私は自分でつくった世界とともにしようとおもいます。
ゆかりさん。これももっていってください。」
私は小さなペンダントを受け取った。
「それは、あなたのお母様が身に付けていたものです。
大きくなったら、それをあなたに渡してほしいと。
それじゃ、そろそろいいですね?」
わたしはそっとうなずいた。
「では、出発してください。あなたが元の世界に戻るために。」

「あの、三島さん?」
彼は、まだなにかデータをよみとっている。
「三島さん、きいてますか?」
彼はわたしの声なんかまったく届いてないようだった。
「みーしーまーさーん」
「なんですか?どうしました?」
もう、三島さん。データばかりみてて楽しいんですか?
「あの、最後にゆってたスイッチってなんですか?」
「ああ、あれね。あれは終神を倒す道具にものを入れる装置のスイッチです。
さすがに、相手も神ですから。そう簡単に消えてもらうこともできないでしょう。
そこで、先生とずっと改良していたんですが、あなたがくるちょっと前に完成しました。
それをもっていってほしいんだそうです。」
そっか。
「あ、あともうひとつ、ディランって人がこっちにきてるかもしれないんだけど、
どうしよう。こっちの世界、壊してもいいの?」
三島さんは少し考えていたけど、すぐに、
「じゃあ、彼は連れて行きましょう。彼ももとの世界に戻りたいでしょう。」
そういって、またデータを読んでいました。
ディランは、こっちの世界にいるってことなんでしょうか?
「ディランは、いまこっちにいるの?」
「彼の行動はちゃんと管理しています。
いま、ゆかりさん、あなたがいる「いま」とは、実際は、あなたが小さい頃の時間なのです。
わかりますか?
だから、この世界、この鏡の内側にはあなたは今2人いることになる。
あなたのお母さまも、昨日まで生きていました。
昨日、殺されてしまったのです。ディランという男に。
彼の中には2つの記憶がありました。ゆかりさんの父親を名乗る人格、
そして、ディラン本人の人格。
でも、ディランが撃たれたとき、本人の記憶だけが残って、自分を取り戻したのでしょう。
びくびくしていました。
彼は、いま病院にいます。連れて行きますか?」
わたしは、一瞬ディランに対して憎しみを感じました。

そういえば、ディランがわたしのお母さまを殺したんだ。
そう聞いていました。
でも、今、昨日そういうことがあったと知らされると、
一緒にいたくなくなりました。
ディランがお母さまを殺した・・・
私は、ペンダントをぎゅっとにぎりしめました。
「どうします?かれのところにいきますよ。」
いやだ。ディランに会いたくない。
「悩んでいますね。でも、彼は終神を倒すには必要なのです。
あなたは、ここでまっていますか?
さきにあちらの世界につれていってきますが。」
しばらくわたしは考えていました。
ペンダントをみつめていると、ふっと心が軽くなりました。
わたしはもとの世界にもどりたい。
「いいえ、わたしもいきます。」
「それじゃあ、ディランのところへ行きましょう。」

ディランはベッドに寝かされていました。
まわりには何もありません。
最初、もう亡くなっているのかと思うほどしーんとしていました。
そこに、三島さんがぼそぼそっと何か耳元でゆうと、
ディランがふらふらしながら、起き上がりました。
「彼には軽く催眠をかけておきました。今、彼には保護されたあとの記憶はありません。
彼にあるのは、あなたのお母様を打った、それまでの記憶だけです。
でも、大丈夫です。もう暗示をかけておきました。
彼は、われわれを仲間だと思っています。」
ディランは私のことを覚えているのかな?
「ねぇ、ディラン?」
彼は私の方へちらっと見て、軽く笑いました。
「こんなとこにいたのかよ。探したぜ。」

わたしはなんのことを言っているのかわかりませんでした。
ディランの虚ろな目で私をみていました。
「おまえ、こんなところでなにをやってるんだ?」
ディランは何をゆってるんだろう。
「おまえ、三島だろ?」
あ、三島さんにゆってたのか。
それにしても、どうして三島さんのことを知っているのだろう。
ディランもあっちの世界の人だと思ってたのに。
「あんたの顔は先生にみせてもらったことがあるよ。
あんた、三島なんだろ?研究を途中でやめた、あの三島だろ?」
三島さん?
彼は笑っていました。
「そういえば、昔そんなことをしていた気がします。
でも、その研究よりも、もっとおもしろい研究をみつけたので、
そちらに着手しました。ただそれだけです。」
ディランは何かいいたげだったけど、まだふらふらしているみたいで、
何もいわずに黙っていました。

私はディランにいいたいことはいっぱいありました。
あれからどうしていたのか。なぜお母様をうったのか。
でも、それはなんとなくわかる気がします。
でも、直接本人の口からききたかったんです。
ディランをみてるときに、胸のペンダントが軽く光ました。
私の怒りや悲しみを吸い取っているようです。
「ディラン、あれからどうだったの?大丈夫だった?」
彼はまだ私の顔をよく理解していなかったようでしたが、
しばらくすると、思い出したらしく、
「おまえ、あのがきか?おまえも無事だったようだな。
おれは、このとおり無事だよ。あのときちょっとくらっといっちまったけど、
なんとか死んではいないようだ。あのばか、やっぱり裏切ったな。」
そういって、ディランは立ち上がろうとした。
「あいつも、こき使いすぎたかな。」

どうやら、彼を窓のそばで撃ったのはルークというもう一人のおじさんのようです。
あの人、そういえばつかまってたときの行動が怪しかったな。
「ディラン、あなた人を撃ったそうですね。覚えていますか?」
彼の顔が一瞬くもったのがわかった。少し動揺しているみたい。
「おまえ、どうしてしってるんだ?」
そういって、彼は私の顔をみていた。
「あれは、仕方がなかったんだ。あの時は、まだあいつの生死までは確認でできなかった。
俺は、草むらに隠れていたんだ。ここまではやつはやってこないと思ってな。
でも、しばらくすると、カサカサッて音がしたんだ。
俺は、止まれ!と警告した。しかし、それでも俺に近づいてきた。
やられるまえにやった。ただそれだけのことだ。」
わたしの目から一筋の涙がこぼれていました。

「そろそろ行きますか?」
三島さんがゆうのと同時にディランが動き始めた。
「俺はなにをしたらいいんだ?」
「あなたはただついてくるだけでいいですよ。元の世界に戻すのです。
このままここにいますか?」
ディランは少し考えていたようだけど、すぐに返事はでたみたいだった。
「俺もいくぜ。元にもどれるんならな。そいつももどしてやってくれ。
約束しちまったからな。」
ディランの目に少し希望の光がみえた。
わたしは彼を許さない。でも、彼のおかげで今がある。
複雑な気持ちのまま私たちは窓の外へと向かった。
元の世界へ戻るために。

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