Happiness/幸福

むかしむかし、おじいさんと一緒に暮らしている少年がいました。
少年は、おじいさんが出かけているときは、
いつもテーブルの下に足を抱えて座っていました。
おじいさんは、朝早くでかけ、夜遅く帰ってきます。
少年は、近くにおいてある人形をじっとみつめていました。
毎日毎日、少年はおじいさんがいない間は、ずっと人形をみつめていました。いつも何か物足りない感じがしていました。
どうしてなのかは、わかりませんでした。
ふと、人形をみつめると、口元が半分開いていることに気付きました。
その口元をじっと眺めていると、
まるで少年に語りかけているような錯覚に陥りました。

きみに足りないものは、幸せだよ。
声は微かに震えていました。
「幸せって?」
そういうと、人形の口元がゆっくり動きました。
お爺さんと一緒、家族が一つのテーブルを囲むときに、
そこに幸せがあるんだよ。
「じゃあ、ぼくは幸せじゃないの?」
しかし、もう人形の口は動きませんでした。
少年は、それっきり黙りこくっていました。

ぐるるるる。。。
少年は、空腹でした。
そして、お爺さんと一緒の幸せを探しに出かけました。

遠い遠い場所で泣いている若者がいました。
苦しくて苦しくて震えている子供がいました。
石のように固まった老人がいました。
涙の枯れた母がいました。
そして、お腹がすいてたまらない少年がいました。

少年は友達がいませんでした。
少年は親もいませんでした。
今ではお爺さんさえ見つかりません。
だから一人ぽっちでした。

少年は、ただただ、お腹がすいていたのです。

そんな少年の目の前に泣いている一人の若者がいるのに気付きました。
彼は、どこか怪我をしているようでした。
眼が見えないのか、少年のことに気付きません。
身体のあちこちから血がでているようでした。
少年は若者の側によってみました。

「そこに誰かいるんですか・・・たすけてください。」
若者は、気配のするほうへ手を伸ばしました。
「これを、どうしてももって帰らねばならないのです。」
若者は小さな袋を、力を振り絞りながら気配のするほうへ掲げました。
少年は若者に言いました。
「ボクはお腹がすいているんです。ボクは腹いっぱい食べたいんです。」
そうすると若者は小さく頷きました。
「私を故郷へ連れて行っていただけたら、ご馳走します。」
袋を握っている手にグッと力が入りました。
少年は若者を故郷へとつれていくことにしました。

傷ついた若者は、日に日に弱くなっているようでした。
彼の心を支えていたのは、あの山を越えれば、あの川を渡れば、
【故郷だ】、ただそれだけです。

何度も諦めかけました。もうだめだと何度も挫折しかけました。
それでも、ようやっと若者は故郷へたどり着くことができました。
彼をみつけた老人の目から涙がこぼれました。
冷たい石のような手がゆっくりと動きました。
そしてキズだらけの彼の身体をいたわりました。
涙の枯れた母は、若者をみて再び乾いた頬を濡らしました。
そこには、暖かな表情がありました。
子供も、大変喜んでいました。
そう、これが家族というものなのです。
今が、最高の時です。
若者も、大変嬉しくなりました。
薄っすらと眼に映る光景に涙を流しました。

若者がかえってきので、久しぶりの家族の時間です。
テーブルには、ご馳走が一杯あります。
少年はいいました。
「お腹がすいてるんだ。食べてもいい?」
若者は頷きました。
少年は喜んで目の前にある食べ物をほおばりました。
ばきばき、むしゃむしゃ、ぐちゃぐちゃ、ごくん。
一つ減り、二つ減り、そして最後のご馳走を食べ終えました。
若者の微かに写る瞳には、真っ赤な少年の顔がはっきりと見えていると思います。
青ざめた若者を尻目に、少年はお腹一杯になりました。
「なんておいしいんだろう。幸福の味って。」

少年のお腹は、幸福にみたされました。
嬉しくなり、少年は急いで人形の元へと戻りました。
この気持ちをわかってもらいたかったからです。
「本当に、ボクの探していたものは幸せだったんだ!」
そう、人形に報告するためです。

久しぶりに戻った少年の故郷は、なんとなく荒れているような気がしました。
少年は扉を開き、テーブルの下にもぐりこみ、人形に視線を落としました。
しかし、そこには人形はありませんでした。
そこにあったのは、服を着た、ただの骨でした。
それでも、少年は無邪気にソレに話しかけました。

「あのね、お爺さんと一緒、それよりもっともっと幸せっておいしかったよ。」
よかったね、と人形(ソレ)は答えました。
「うん、よかったよ。」

大小の声が、少年の口から漏れていました。

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