放課後、テニスの練習が終わって帰宅の準備をしていた私のもとへ、
学校一の人気者である美咲さんさんから突然の告白を受けた。
私は、一瞬なんのことかわからず、目の前にいる美咲さんの顔を眺めていた。
「あ・・」
私が何か答えようと口を開いた時には、
彼女は、頭を大きく下げ、「返事はすぐじゃなくてもいいです」といって、
その場からいなくなった。
私の人生に点数を付けるとするならば、
ここから100点の人生が始まったといっても過言ではない。
オレンジ色の太陽が、今も色あせずに心に残っている。・・・
スポーツで大学まで行くと、自分の限界に直面してしまった。
周りには、私よりも才能のある者が沢山いた。
入学当初は、それほど感じなかった能力(努力)差も、
どうも埋まらない溝のように広がっていき、
3年になった時には、もはや待ったく相手にならない自分がいた。
ウィンブルドンで、芝で勝ちたい、そう思っていた心も、
なぜか色あせてしまっていた。
しかし、私はすぐに方向転換をした。
弁護士になるぞ。
私は猛勉強して、見事司法試験を突破した。
・・・
カンカン
高校時代から付き合っている美咲さんと籍をいれ、
もうすぐ子供が生まれる。
そんな幸せな家庭を、私は手に入れていた。
順風満帆、これ以上ないと思えるくらい幸せだった。
仕事も、家庭も、友達も、何もかも、私は満足していた。
それなのに、最近、唯一問題があるといえば、
たまに体が痺れてしまうことだ。
右手の先が痺れてしまって、動かないことがある。
友人に、脳に異常があるのでは?といわれ、
病院で検査しても、何も異常はみつからなかった。
仕事のしすぎだろうか。
最近では、変な夢をよく見るようになった。
・・・
・・
『いい加減、認めたらどうだ?』
狭い部屋の中で、二人の男が私の周りにいる。
テーブルには、透明な袋の中にナイフが見える。
ドン、と強くテーブルを叩く男。
鋭い眼球が、私をじっと見据えている。
そして、男の後ろの扉が開いた時、夢からさめる。
・・・
友人にこんな話をすると、デジャブじゃないかといわれた。
確かに、テーブルの前にいた男は、
どこかでみた気がする。
いや、あの景色、あの人たち自体をみたことがある気がしてならない。
最近、頻繁に同じ夢をみる。
私の、今担当している事件が原因だろうか。
妻を殺した夫の裁判。
無実を主張しているが、どこかひっかかるところがある。
もしかすると、本当に殺していたのだろうか。
・・
『妻を殺したことを、そろそろ認めらだどうだ?』
前にもまして、荒々しく男が怒鳴る。
私は、その光景をぼんやりと眺めていた。
いつも同じことを繰り返す男たち。
そして、決まって同じ台詞をはく。
ここにいる私は、妻を殺したことになっている。
なんとも不思議な感じだ。
夢の中で同じ光景をみるというのは、以前からあったが。。。
いつものように、男の後ろの扉が開いた。
「そうですか。あなたは、そこでその質問に答えるのですか?」
カウンセラーの先生に夢の話をした。
「いいえ、私はただその場で眺めているだけです。
月並みにいえば、黙秘しているんですね。
だから、私は、いえ、私の目に映る世界を覗いているだけなんです。」
先生は、少し考え、私に一つの答えを出した。
「次に、その夢を見た時は、その質問に答えてみてはいかがでしょう?」
私は帰宅し、テーブルまでくると、妻をみた。
なんて幸せなんだ。
椅子をひっぱり、腰をおろしながら、ふと考えた。
私は、今は幸せだが、もし誤った選択をしていたら、
クライアントや、夢に出てくるような、殺人者になっていただろうか?
そうだとすれば、あれはもう一つの私なのかもしれない。
あの日、あの場所にいなかったら、
妻は、私のことに好意をもってくれただろうか。
もし、テニスを諦めて、ただふらふらと生きていたら、
私はどうなっていただろうか。
たったひとつの道を歩いてきたつもりだったが、
沢山の選択をしてたどり着いた道だ。
もし、私が、今と違う生き方をしたら・・・
・・・
・・
「どうした?今日はやけに顔色がいいようだが。」
男は、私の顔をみて、ニヤリと笑った。
「おまえがやったんだろ?」
ギョロリと鋭い視線が突き刺さる。
「・・・はい。」
私は、今まで歩いてきたまじめな人生とは違う選択肢を選んだ。
どうせ、夢なのだから。
男が様々な質問をしたが、
私は、おもいつくことを次から次へと話した。
まるで、そのことを実際に体験したかのように、
すらすらと言葉がでてきたのだ。
どうせ夢だからな。
いつものように、扉が開けば、夢も覚める。
正直、あの扉のむこうも気になっていた。
しかし、その先を見ることはないだろう。
ガチャ
ゆっくりと扉が開き、男が入ってきた。
なぜか様子が変だ。
いつもなら覚めるはずの夢が続いている。
部屋に入ってきた男は、私のことを睨んでいた男に耳打ちをした。
そして、にやりと笑った。
ガタンと椅子が倒れ、男は立ち上がった。
そして、最後に私に捨て台詞をはいた。
これで、有罪は確定だな。