らぶ・すとーりー ‘前編

どうして人は恋をするのでしょう。
人を好きになって、苦しくなって、泣いちゃうくらい好きになって。
きっとその答えはだれにもわからない。
でもね、きっと答えなんていらないんだよ。
だって、もうなにも考えられないくらい君に夢中なんだから。

急に暗闇に包まれて、ひとりぽっちになった。
光を求めてさまよったんだ。
だれかが、そっと手をさしのべてくれた。
虚構の世界に、自分の存在する意味を教えてくれた。
きみがいる世界へいくよ。
きみがそばにいてくれるなら。

傷つくことをおそれないで。
その傷の数だけ、ふたりの愛は深く心の中に残るんだから。
その一つ一つが、ぼくたちの歴史になるんだよ。
そして、この傷の大きさが、ぼくときみとの愛のしるしなんだ。

ラブ・ストーリー

古にドラゴンの皮をまとひ、その牙をもって悪しき魔王に挑んだ勇者あり。
紅の血を浴び、蒼き炎で身体を燃やしながらも、
かの地を救ひし勇者の地を引く者よ。
伝説の勇者、その名は・・・

「ねぇ、しんじ。起きて。そろそろいかなきゃ。
しんじ、おきてるの?ねぇってばぁ。」
太陽の光が部屋に差し込んでいる。
まぶしくて、布団の中に滑り込んだ。
「もう、時間がないっていってるでしょ?あっ。」
隣に寝そべっている彼女のやわらかい乳房に触れた。
「しんじったら。」
ちょっといたずらっぽく笑ってみせた。
「もう、いっちゃうの?」
布団越しに彼女に戯れる。
「こらぁ。だめでしょ?もうすぐ迎えがきちゃうの。だから、ね?いっしょにご飯にしよ?」
「うーん、そうしよっかなぁ。でも、もうちょっとだけならいいでしょ?」
「ちょっとだけだよぉ。」
ぅん~って、のびをした。ぽかぽか陽気が気持ちいい。
横から俺の顔をのぞき込んでる彼女は、いつものように俺の胸に手を這わせる。
くすくすと笑うと、彼女がなによぉって目でおれをみた。
「違うんだよ。れいのその胸のとこを指でなぞるのって、もう癖になってるなーって思ってさ。」
そういうと、れいなは俺の胸の部分に目をやった。
「あ、これね。なんでかなぁ。ここをなぞってるとなんか落ち着くんだぁ。不思議だけど。」
れいもくすくすわらった。
「そろそろいいでしょ?パンもやけてると思うよ。」
「え、もう準備してたの?」
「あたりまえでしょ?」って彼女はにっこりほほえんだ。

彼女は、あさのれいな。フランスの有名雑誌のモデルをやってる。
俺の兄貴が、広告代理店で働いてて、その関係で知り合いになったらしい。
たまたまあるパーティーに兄貴についていくことになって、れいなと出会った。
reinaといえば、かなり有名らしいけど、俺にはまったく知識がなくて、
「きれいなひとですね。」っていうのが彼女に対する最初の言葉だった。
というよりも、彼女にいったわけじゃなく、兄貴に話しかけたんだけど、
兄貴が後ろに視線を落としたので、なんでかな?って思ったら、彼女が座ってた。
彼女は、ふふふって笑って、よろしくって軽くキスをしてくれた。
ちょっとドキドキしてると、兄貴が「おまえ、顔が真っ赤だぞ」っていわれて、
また彼女がくすくす笑ってた。その笑顔がとても可愛かった。

彼女は自分から話しかけてきてくれた。というよりも社交的なんだろう。
だれに対しても、優しく微笑んでいた。
後で兄貴にれいなの話をしてもらったんだけど、彼女は誰からも愛されているらしい。
そういうことをきくと、やっぱりなって思ったけど。
空気が違うっていうか。暖かいぬくもりに包まれるような、言葉ではうまく表せないな。
そんな不思議な感じ。
俺と話してると、彼女は優しい瞳で見つめてくれる。
誰もがこのこに恋をするのかな、とふっと思った。
いろんな話をした。俺のこと。友達のこと。俺の生き方。
彼女にとっては、住む世界が違う住人の俺になんとなく魅力を感じたんだろう。
またお話でもしましょうね、と連絡先をきかれた。
彼女の家は厳しく、携帯電話をもつことはもちろん許されず、
家の電話は、お手伝いさんが知らない人の電話はつながないことにしているらしい。
もともとモデルになることも反対だったらしいけど、フランスの雑誌ということで、
なんとか許されたらしい。
フランスには彼女の祖母が住んでいるからだ。

れいなは、雑誌のモデルにしかでない。
ドラマやCMのオファーがきてるらしいけど、すべて断っているらしい。
親が望まないのもあるらしいけど、れいなには全く興味がないそうだ。
今日は、撮影のための打ち合わせがあるらしい。
「夜9時頃には終わるから。そのあと食事でもしようねー。」
朝食のパンを口にほおばりながら、俺は頭の中でスケジュールを確認した。
「うん、いいよ。今日はたぶん7時あがりだから。いつもの店でいい?」
「いいよ。じゃあ、予約しておくね。」
「れい、今日もがんばってね。」
「うん。」
玄関でいってらっしゃいのキスをする。
彼女はちょっと恥ずかしそうに笑ってる。
「じゃ、いってくるねー。」
「うん。いってらっしゃーい。」

仕事を終えて新宿駅へ向かう。
電車にゆられていると、人生に疲れた人たちの顔をみる。
俺もああいう風になるのだろうか?
くたくたに疲れているのに、今からのことを思うと気が楽になる。
時計の針は、9時10分前を指していた。
いつもの店にいくには十分時間がある。
ふと、前の席に目をやると、女の子が眠っていた。
かわいいな、と思うよりも目はさらに下の方へと降りていく。
足下が広がっているスカートのところが気になって仕方がない。
みたいの?みたくないの?と自問する。
欲望に心が飲み込まれるような気がした。
そのとき、ふっと声が聞こえた。
強く望め・・・
さーっと、身体の周りが冷たくなった。
その声は、とてもききたくない、恐怖すら感じるものだった。
俺は首を横に振り、意識を取り戻そうとした。
誰かがかきけされそうな声で、耳元でささやいている。
あと、もう少しだ・・・
俺は夢でも見てるのだろうか。
目の前に座っていた女の子は、もうそこにはいなかった。
駅をおりる。冷たい風が頬を伝わる。
なぜか、心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。

なんとなくイヤな予感がしていた。
気のせいかもしれない。
れいなが無事にきてくれれば問題ないけど。
時計の針は9時を刺していた。
しかし、約束の場所にはまだこない。
時の流れを感じていた。
ずいぶん長く感じる。
少しずつ意識がもうろうとしてきた。
ブゥゥ・・ン、ブゥゥ・・ン
「もしもし?れいな?」
「あ、しんじごめん。ちょっと打ち合わせの時間がのびちゃってさ、
遅れそうなんだけど。」
「俺と仕事とどっちが大事なんだよ!!」
いや、違うそんなことがいいたいんじゃないんだ。
「そんなこと・・・」
気まずい沈黙が流れた。
はやく、きてくれ。
れいなに声をかけたいのに、声がでない。
「しんじ?怒ってるの?」
「・・・・・・・」
「わかった。また後で連絡するね?」
かみ合っている歯車が、ゆっくりと逆回転し始めたようだ。
胸が押しつぶされるような気がした。

ドックン・・・
ドックン・・・
ドックン・・・

伏魔殿にのりこむのか。あそこから帰ってきたやつはいないんだぞ。
・・・・
そうか。おまえしかいないか。
・・・・
これをもってゆけ。・・・姫から預かっていたものだ。
・・・・
生きてかえってこいよ。
・・・・
・・・
・・

「ねぇ、しんじ?」
なんだよ、れい。やけにまぶしいな。
「この大きな木、ここに傷がついあるの。どうして?」
ああ、それは、昔から傷がついてるらしいよ。
「昔って、かなり古いのかしら。」
うん、おばあちゃんが、400年くらい前だっていってたよ。
「すごいねー。この木は、ずっとしんじを見守ってきたのかなぁ?」
そうだね。ずっとずっと昔から、俺の親も、その親も、ずっと見守ってきたんだね。
「大切にしなきゃ。」
うん、そうだね。
俺が座り込むと、れいなは俺のそばにちょこんと腰をおろした。

れいは、俺の足を枕代わりにして俺を見つめるのが好きだった。
「ここは、れいの特等席。」ってにっこりわらって俺にほほえむ。
「そういえば、しゅんぺいくんが例の件よろしくってゆってたよ?」
しゅんか。そろそろってゆってたな。
「あ、思い出した。昨日の夜、電話したけど通じなかったよ?」
れいはちょっと眉根を寄せて怒ったふりをする。
「浮気してもいいけど、いつもれいのこと好きでいてくれなきゃだめだよ。」
そういうといつもの無邪気な笑みをうかべる。
そんなことはしないよ。きみのことが大好きだから。

「この場所って静かだよね。」
そう、だね。
小さい頃から、この場所にくると落ち着いた。
なんだか、この木にいやされているようで。
「でも、なんとなく寂しい場所だね。」
うん。
周りには草木は生えず、生気すら感じられない。
そこに、大きな木が寂しそうにうずくまっている。
「鳥が休んでるよ。ほら。」
見上げると、美しい青い羽根をした鳥が枝にとまっていた。
一瞬、俺に笑いかけているような気がした。
そして、俺たちの頭上をゆっくり旋回して、太陽の光の中へと消えていった。
「ここの守り神なのかもしれないね。」
きっとそうだよ。
こんな人里離れたところに植えられた大きな木。
それでも、この場所だけ、なにか見えない力で守られている。
俺たちを包み込む、不思議な木。

れいを先に家に送り、俺はしゅんぺいの家に例のものをとりいく。
「希望通りだろ?」
確かに、俺の望んだどおり精密に仕上がっている。
「悪いな。」
おれはそれを指にはめた。
「なーに、いいんだよ。それにしてもれいちゃんがよろこぶといいな。」
しゅんはにやにや俺の顔をのぞき込む。
「じゃあな」
俺は、その場をあとにした。
俺の好きなライオンをかたどったリング。
古くから俺の家に伝わる家紋。
俺ときみとをつなぐリング。

帰り道、杖をついたおじいさんが不良たちにからまれていた。
「おい、じじぃ、金もってるんだろう。早めに出した方が身のためだ・ぜっと!」
おじいさんのおなかに一発、右のフックが襲いかかった。
ボグっという鈍い音とともに不良の右手がだらりとさがる。
「いってぇぇぇぇぇ・・・」
おじいさんはにやにやしてこの状況を楽しんでいるようだ。
「ほんとに最近の若いもんは。あの方がいたときとは比べものにならないくらい、
ひ弱に育ちおって。」
そういうと、もっていた杖をぶんぶん頭の上で振り回し、
その場にいた若者たちに襲いかかった。
しかし、俺の顔をみた瞬間、心臓がいまにもとまりそうなくらい驚いて、
ぴくりとも動かなくなっていた。
「・・・魔、さ、ま?」
突然大きな笑いをあげて、おじいさんは膝をついた。
「もうすぐだ。もうすぐ復活なされる。」
天に手を掲げて、雲をつかむように拳をにぎった。
「このまつうら、やっとあなた様にお目にかかれて・・・」
ぶつぶつと念仏のようなものを唱えたかと思うと、
一瞬にして、その場から消えてしまった。
俺は、今なにが起こっているのか、状況が飲み込めていなかった。

「しんじ、しんじ、大変なの。急いでれいなの家にきて。」
れいと友達のくれあからの連絡に気づいたのは、次の日の夜だった。
どうやら、俺は丸一日眠っていたらしい。
「どうしたんだよ?そんな慌てて。」
くれあは泣いているようだった。
電話越しに、くすんくすんと泣き声が聞こえる。
「れいなが、意識不明になったの。」
頭の中が真っ白になった。
「ねぇ、きいてるの?しんじ?」
暗闇が俺を包み込んでいく。
「しんじ、早く。」
もう、俺の耳にはなにもはいってこなかった。
クックックッ

ぐさりと鋭いものが突き刺さる。
そこから全身に黒いものが流れてゆく。
赤い血が、みるみるうちに白くなり、涸れ果てていく。
もう、力がはいらない。
なにかが俺の中にはいってきた。
なにかに俺がのっとられる。
すべてがはじまるまえに、すべてをおわらせたかった。
そして、おれは・・・

「れいな、しっかりしろ。」
心の中で祈っている。
れいなはぴくりともしない。
彼女の手にそっとリングをはめた。
「俺が、おまえのかわりになってやる。だから・・・
だから、おまえは生きてくれ。」
静かな時間が過ぎていく。
急に意識が遠のいてきた。
それでも、俺はれいなの手をはなさなかった。
何か強い力で押し戻されている。
意識だけが、違う世界にとばされる。
体から離れていく瞬間、俺の体からもう一つ黒いものがでていくのが見えた。
おれは、そいつをみたことがある。
魔王、ザイン。

ゾレンとザイン。
もともとは、神であった二人。
いや、ふたつの意識。
それらは、ものに意識をおくりこみ、どの時代でも生をもっていた。
ある時、同じ時代に生きた二人は、殺し合いに巻き込まれた。
そしてゾレンの体は死んでしまった。
死というもので意識をしばられていたゾレンは、
体が朽ち果ててもそこから抜け出ることはなかった。
それをみていたザインは、そこにいた人間どもを皆殺しにした。
ザインは、そのとき、その時代にいるすべての生を死へと誘う魔王へと変わっていった。

戦うたびに、魔力が分散していったザインは、力が少しずつ弱くなっていった。
そして、魔力は悪魔となり、ザインのそばにいた。
ザインは数百年の間に、もう普通の人間よりもほんの少し力があるだけになっていた。
それでも、ザインの怒りが消えることはなかった。
ただ、ほんの少し、寂しい気持ちに包まれていた。
ゾレンもまた、朽ちた肉体から解放されそうだった。
もうすぐ、二つはすべてから解放されるはずだった。
しかし・・・

俺の記憶がどろどろに解けていく。
ザインに対して怒りだけが俺の中に残っている。
胸が燃えるように熱い。
しかし、すぐに体中が優しいぬくもりに包まれた。
れいな
緑の光が全身を包み込む。
彼女はやさしくほほえみかけてくれていた。
その笑顔だけは鮮明に記憶に残っている。
小さな光が遠くにみえる。
だんだんその光が大きくなって・・・

ずっと二人で一緒にいられるのかな?
ずっと好きでいてくれるのかな?
どこにいても、俺のこと見つけてくれるのかな?
もし、記憶がなくなっても、
それでも、きみは俺のことをみつけてくれる?
記憶をなくす前と同じくらい、俺を愛してくれる?
たぶん、もう戻れない。
そんな気がするんだ。
ねぇ、今までくれた言葉、全部信じていいの?
好きだっていう言葉。愛してるって言葉。
誰よりも、強くつながっていられるのかな?
いつか、またあおう。
そのときは、俺が探しにいくよ。
懐かしい風をもって。

ラブストーリー 中編へ

フォローする