ひろこ物語

「ガラガラッ」
窓を開けると涼しい秋風が部屋の中に入ってきた。
「ふぅ。疲れたな。掃除もだいぶ済んだことだし、
ちょっと休憩でもするかな。」
そうやって俺はタバコに火をつけた。
フー・・・もう夏休みも終わりだな。
夏休み気分がぬけねーや。いままで、だらだらすごしてたからなぁ。
「夏の暑さが懐かしいな。」
部屋のなかに秋の香りが満ちてきた。

「カタッ」

ん?
振り返ると、棚の上においていたフォトスタンドが倒れていた。
俺の部屋にある、唯一の写真。
そう、あの子と写った、たった一枚の写真・・・

ひろこといっしょ 199×.09.18

写真の裏にはこう書かれていた。
この写真をとって、もう1年以上もたつのか・・・
時間が過ぎるのははやいもんだな。

俺がひろこと初めてはなしたのは、共通の友人を通してだった。
俺もあまり知らない人とは話さないんだけど、
たまたま気分がよくて、軽くおしゃべりをしてたんだ。
それがひろこが気に入ったみたいだった。
うわさには聞いていたけど、まさか話すことがあるなんてな。
最初はまったく気が付かなかったけど、途中でわかったんだよ。
あいつ、相手がだれか最初からゆえよ。
でも、もし最初から相手がひろこだとわかってたら、
きっと俺はあんなに気楽におしゃべりなんてできなかっただろうな。

「おい、遥きいてるか?今から友達に変わるからな。なんか話せよ。」
「おい、まてって。なんだよ急に。何はなすんだよ。」
・・・
「もしもし」
「もしもし、こんにちは。」
「ごめん、テレビうるさくてあんま聞こえないわ。ちょっと待っててね。」
プッ・・ン
「ごめんね、ちょっとうるさかったでしょ?聞こえにくくて。
さっき面白い番組やってたからさ。」
「どういう方がでられてるんですか?」
「うーんとね、俺もあんまり知らないんだけど。あはは。適当。
たまたまだからねぇ、テレビみてたの。」
「そうなんですか?くすくす」
「そうなんだよ。くすくす」
・・・
気がついたらいっぱいはなしてた。
「で、あれ?そういえば名前なんていうの?」
「ひろこです。あんざいひろこ。」

それから俺たちは、たまに電話のやりとりをするようになった。
趣味とか、いろいろ。
「俺はね、服とかみるの好きだね。」
「へー、どんな服が好きなんですか?」
「今はね、グッチとか。」
こんな風に俺は自分のことを少しずつ話し始めた。
「あまりね、人を信じきらないほうがいいよ。
みんな以外と嘘をつくから。だからって、人を信用するなとかいわないけど。
俺が思ってる信用できる人?
そうだな、自分のいないところで自分の悪口をゆわないやつかな。」
ひろこは真剣に俺の話を聞いていた。
「ある人がゆってたな。自分のいないところで自分のことをほめてくれるやつがいたら、
そいつは信頼できるやつだ、って。俺もそう思う。
ひろこも信頼できる人ができるといいね。」
彼女は軽くうなずいた。

いつのことだろう。ひろこが泣いていた時があったな。
「・・・遥」
電話の向こうから、くすんという泣き声が聞こえてきた。
「ねぇ、ひろこ。どうしたの?俺でよかったらゆってよ。」
話をきくと、ひろこにつきまとってるやつがいるらしい。
「まじで?で、どうしたの?」
「なんか、、、俺とつきあわないと死ぬって・・・」
ひろこにそんなことをいうやつがいるなんて。

ひろこの周りには、かっこいいやつしかいない。
いわゆるおとりまき連中だ。彼らはお互いにひろことの距離をたもつことで、
ひろことの関係を保っている。
もしその関係を乱すようなことをすれば、そいつはとりまきから排除されるんだよな。
こんなことを前聞いたことがあった。
そう、俺の知っているひろこは、美少女なのだ。
とても頭がよく、そしてとても優しい。
しかし、今回はそのやさしさがあだになり、彼女を苦しめている。

「どうして、そんなやつと話したりするの?」
「・・・少しお世話になってたから。でも、ほんとはいい人だと思うの。」
「だからって、そんなことゆうやつがいい人なの?そんなやつ、相手にしちゃだめだよ。
ひろこやさしすぎるから、だから・・・」
彼女の泣き声を聞いていると、胸がいたくなった。
「もう、その人と普通にせっしたらだめだよ。いくらそう思っていても、いい?
もし本当にいい人だったら、ひろこにそんなこと、絶対にいわないよ。
お願いだから、俺のいうこときいて。ね?」
「うん。」
ひろこは、やっと落ち着いた。
「俺もね、昔死ぬってゆわれたことがあるんだよ。」

「自分から死ぬなんていうやつは、なかなか死なないんだよ。」
俺にも経験がある。
死ぬなんて言葉で精神をがんじがらめにして、身動きがとれないような状態にされた。
からみついた糸はなかなかとれなくて、それでも、俺は少しずつそこから抜け出そうとした。
そいつに対して、おれもひろこみたいに憎みきれてなかった。
でも、それは俺のうちにある怒りによっていっきに解放されたんだ。
「俺が断言するよ、そいつは死なない。だから、ひろこは苦しまないで。
もし、そいつが死ぬとしても、それはひろこの責任じゃないんだ。
そいつの責任だよ。そいつが弱いだけなんだ。
え?俺に死ぬっていったやつ?まだ生きてるみたいだよ。」

「ねーねー、はるか?」
「ん、なあに?」
「はるかって、どんな服きてるんだっけ?」
「えっと、結構黒とかグレイ系だね。モノトーンって感じ。シンプルなのが好きだから。それがどうしたの?」
「ううん、前にねなんか昔はるかがすんでた家の近くにいったことがあるんだけど、
そのときに、はるかっぽい服装の人がいたの。」
「あはは、俺って結構みんなとは雰囲気違うからなぁ。どんな感じだったの?」
「ほら、まえグッチの服がどうのってゆってたでしょ?
で、そのあと思い出したんだけど、まえ父の仕事の関係で一緒についていったことがあるの。
そのときに、道に迷っちゃって。そのときにね、駅まで行く道を聞こうかと思ったの。
それで、目の前になんか都会の人っぽい人が通ったから、この人なら駅にいくんじゃないかと思って。
その人の後ろをついていってたの。そのときね、その人がはるかのゆってたグッチの服を着てたから。」
「あはは、まじで?あそこであのデザインの服きてるのは俺くらいでしょ。
それ、絶対おれだって。あはは。声かけてくれたらよかったのに。」
「えー、うそー?本当に?わぁー。なんかうれしいな。
そっか、あれがはるかかぁ。えへへ」
「その人、そのあとどうしたの?」
「なんか、そのひとに道を聞こうかと思ったんだけど、なんか話しかけちゃいけないような雰囲気だったから、
もうちょっと後ろついていってたの。でも、途中で道がわかったからそこでばいばいしちゃった。」
「そっか、残念だな。」
「うん、ざんねーん。」

ひろこと初めてあった時、俺は全身に何か電流のようなものが流れた気がする。
初めてあったという言い方はおかしいな。初めて会ってお話をする機会があった。
ひろこは普段は忙しく、ほとんど自由に外出ができない。
だから、これはとても数少ない大事な時間だ。
遠目からひろこのことをみたことはあったが、こんなに近くでみるのは初めてだ。
あまりに心臓がばくばくゆって、少し苦しくなった。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
ひろこに心配されたけど、さすがに緊張してるなんていうの恥ずかしくていえなかった。
「ううん、なんにもないよ。ちょっとしたジョークだよ。」
と、俺はなんて意味不明なことをいってるんだ。
「ならいいんだけど。」
ははは、と笑っておいた。そんな目で見つめられると、まともに顔がみれないだろ。

外を並んで歩いていると、周りの視線が痛い。
みんな俺たちをみてる。ていうか、ひろこをみてる。
空気がちょっと違う感じがした。
そうだ、俺がまえひろこをみたときの空気は確かこんな感じだった。
ひろことふたり。
ただ、ふらふらっと散歩した。でも、こんな時間もなかなか楽しいものだった。
「今日は楽しかったよ。ありがとう。」
「あはは、何にも楽しませられなかったけど。
また、暇があったら遊んでね?」
「うん、またね。」

「なんか、夏って感じだねー」
「そうだね。夏だね。夏だ。海いこ?」
「え?どうしたの、急に。」
「夏といえば海。だから、海いこ。」
そして、俺は強引にひろこを海に誘った。
彼女はどこにいても輝いてるな。
白い水着を着たひろこと水かけっこをして遊んだ。
楽しんでもらえたみたいだな。

きゃっきゃって笑い声がする。
水しぶきが光で輝いている。
「ねー、そろそろ休憩しない?」
「うん、そうだね。あ、ちょっとまっててくれる?」
「どうしたの?」
「ちょっとジュース買ってくるね。」
昔、この海岸にきたときに、あれが・・・あ、あった。

「ひーろこ。」
岩陰から彼女の顔をのぞき込んだ。
「はるか?」
太陽を背にした俺を、まぶしそうにみている。
俺は、ぴょんと岩を飛び降り、彼女の横に座った。
「はい、ジュース。」
「ありがとう。」
「あと、これも。」
「わー、きれい。」
俺は、虹色をした貝殻を彼女に手渡した。
「えへへ。ありがとう。」
その貝殻には、願いを込めているんだよ。
ひろこと、ずっと仲良しでいられますように、って。

「ねぇ、ひろこ。」
「え、なあに?」
「ううん、なんでもない。」
・・・
「えっと、、、」
「どうしたの?」
「ひろこ、おれとつきあって。」
「え?」
「おれとつきあって。」
「うん。」

意外とドキドキはなかった。
なんとなく、ひろこも俺のことが好きだと感じてたから。
とても、ふつうに言えた。
でも、すごく胸が熱くなった。
あのときのように。

「ねぇ、はるかってどんなことゆわれると嬉しい?」
「うーん、なんだろう。すきとかかな。」
「すき。」
・・・
「はるか、聞いてる?」
「うん。」
「すき。」

このとき、俺はとてもあつくなった。
あのとき、もうおれはひろこのことが好きになってたんだ。
「ひろこは、なんていわれるのが好き?」
「うーん、ひろこ好きな人にすきだよってゆわれたい。」
「そっか。」
「うん。」

「ひろこ、すきだよ。」

「ねー、なんかお揃いのとかほしくない?」
「そうだね。」

俺たちは、いつものようにお話をしてた。
もう、当たり前のように、毎日まいにち・・・
「ね、そういえば、明日どこかにいかない?」
「うーん、どこでもいいよ。ひろこと一緒なら。」
そんなたわいもないことをはなしていた。
でも、ある時間になると、俺はちょっとせつない気持ちになった。
「もしもし?ひろこ?」
・・・
「もしもし?」
「はっぴーばぁすでぃとぅーゆぅ。はっぴーばぁすでぃとぅーゆぅ。
はっぴーばぁすでぃでぃあはるかぁ、はっぴばぁすでぃとぅーゆぅ。
はるか、誕生日おめでとう。」
俺は、すっかり誕生日なんてものを忘れていた。
時計の針は0時をさしていた。今日は、俺の誕生日か。
「ありがとう、ひろこ。」

ひろこからグレーのセーターをもらった。
とても暖かかった。
もう、季節は秋になろうとしていた。

「ねぇ、ひろこ、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
「これ、プレゼント。ちょっとあけてみて。」
俺は、ちっちゃな箱にリボンをつけてひろこに手渡した。
中身は、そんなに高価ではないけど、俺の気持ちを伝えるには十分だろう。
「これ。」
「あんまりね、高くないんだけどさ、街を歩いててみつけたの。
なんか、ひかれちゃって。ひろの指にあうといいけど。」
「うん。」
「それね、俺とおそろいなんだよ。」
「えへへ。」
ひろこは、少し恥ずかしそうに左手の薬指に指輪をつけた。
「ぴったりじゃん。よかった。」
ひろこが嬉しそうに左手を眺めている姿が、とても印象的だった。
「はるか、ありがとう。」

今日は、ひろこと遊園地に行く。
友達から、フリーパスのチケットをもらったんだ。

「ね、ひろこ、いいじゃん。遊園地いこうぜ?せっかくだから。」
「いいよ。」

少し肌寒い風が、ひろこの髪の毛を揺らしている。
「次あれ乗らない?」
「えー、やだぁ。ひろあっちのほうがいいな。」
ひろこは、観覧車に乗りたいのか。
「あれ、あとで乗ろうよ。夜になったら、周りが電球で彩られて、綺麗らしいよ。」
一緒に、ソフトクリームを食べたり、お話したり。
今日はひろこからもらったセーターを着ている。
「これ、はるかに似合ってよかった。」
「ひろこが選んだからね。似合って当然だよ。」
秋の日は、すぐに暗闇の陰を残した。

「そろそろ、観覧車乗る?」
「うん。」
暗闇にたくさんの電球で彩られた遊園地。
観覧車には七色もの光が、遠くまで照らしている。
「綺麗だね。」
「うん、綺麗。」
「ね、ひろこ。」
「なあに?」
「写真撮らない?」
「え・・・、うん。いいよ。」
ひろこが写真を撮るのがいやなことは知っていた。
家が厳しくて、外ではほとんど写真を撮るのが許されてないんだ。
「ひろ、本当にいいの?」
「うん、いいよ。はるかと一緒の写真がほしい。」
俺たちは、美しく彩られた景色をバックに二人だけの写真をとった。

ガタン・・・

「はるか」
気がつくと、ひろこが部屋の入り口から俺の方をみていた。
「どうしたの?ぼーっとして。」
「ううん、なんでもない。ちょっとねー。」
「あ、またその写真みてたんだ。」
俺は手に握っていたフォトスタンドを、元の位置に戻しておいた。
「部屋、だいぶ綺麗になったでしょ?」
「うん、ちゃんと掃除してたみたいだね。
じゃ、準備して。急がないと、しまっちゃうよ?」
「あ、まってよ。いますぐ用意するから。」

そこには、写真の中にいるひろこがそのまま抜けだしたかのように、
笑顔の君がいる。
そして、いまでも恥ずかしそうにこの写真をみている。
左の薬指には、あのころのように大事そうにリングをつけている。
ね、ひろこ。きみにいいたいことがあるんだ。
いつまでも、一緒にいよう。
例え、なにがおきても。
どこかにいくときは、俺も一緒。
あのときの俺たちのように。

ねー、はるか
なあに?
今日、この日のこと、ひろ絶対忘れないね
うん、俺も忘れない
いつまでも、この写真のように仲良しさんだよね?
あたりまえじゃん
ずっと、一緒だよね?
うん、ずっといっしょだよ

F I N

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