不実の肖像

私はエレベーターのボタンを押した。30階のレストランで待ち合わせをしていたのだ。
ドアがしまる寸前に人が飛び込んできた。
「すいません」
扉がしまり、エレベーターが動き出した。同じエレベーターに乗り合せた人々など視界には入らなかった。
2人は動きが止まったままだった。
2人はしばしみつめあった。先に話しかけたのは私の方だった。
「井上くん?」
「え・・・友里恵、か?久しぶりだな。見違えたよ、きれいになったね。こんなところでなにしてるんだい?」
私は顔をこわばらせた。
「待ち合わせ」
沈黙が続いた。お互いにもう顔などみたくなかった。
2人は2年前までつきあっていたのだ。

「バイトが終わったからこれからそっちにいくわ。」
私は当時大学3年生で、喫茶店のウエイトレスをしていた。
井上とは同級生で、神戸から上京して一人暮しをしている彼の家に泊まることもあった。
友達の紹介で彼と知り合い、つきあいはじめて2回目で男と女になった。
その日も彼のアパートがある成増まで大急ぎで向かった。
彼の部屋に到着した。しかし、井上はいつもの彼ではなかった。
「友里恵、オレ達別れよう」
私は目の前が真っ暗になった。
「どうして、どうしてなの、、私何かしたの?なんで別れようなんていうの?」
彼は黙っていた。
「他に好きな人ができたんでしょう。ねえ、答えてよ。」
私がさらに迫ると「もういいかげんにしてくれ」といって私を突き飛ばした。
私はよろけて壁にもたれかかった。自分は井上にもてあそばれたのだ。
そう思うと、もういても立ってもいられなかった。
私は近くにあったテニスラケットをとりだして井上を殴り始めた。
力をこめて、、、
「やめろ!オレは可愛い女がすきなんだ。」井上は叫んだ。
その瞬間に私は全身の力が抜けた。そして、彼のアパートを去っていった。
以前井上は私の一重を笑ったことがある。確かに私は一重ではれぼったい顔をしている。
彼はかわいい子が好きだといった。私は自分の顔をのろった。
それから私は新宿のキャバクラでアルバイトをして整形手術の代金を稼いだ。
そして、2重まぶたの手術をした。それから私の人生が変わった。
化粧も上手くなり、キャバクラで男のあしらい方を覚え、痩せて見違えるほどきれいになった。
コンパの誘いも前よりぐっとふえて、男にもてるようになった。
しかし井上のことを忘れることはできなかった。

エレベーターが30階に止まった。私はエレベーターを降りた。まだ待ち合わせまでに時間がある。
ふと、彼を目で追ってみた。どうやら女と待ち合わせのようだ。女が来た。
私は唖然とした。井上はおんなの肩を抱いてレストランへ入っていった。
それが問題なのではない、問題なのはつれている女だ。
井上の連れている女は、整形前の私より数段ブスだったのだ。
「私は彼女に負けたの?」私は井上に聞いてみたかった。
私のしてきたことは一体なんだったの?
私は自問したが答えを見つけることができなかった。
あの夜、いきなり別れ話を持ち出してきた井上と話しがしたくなった。
しかしそれが不可能だということはわかっている。わかっているのだ。
「友里恵、おまたせ」
男の声がした。私は急に男に問い掛けた。
「ねえ、私のどこが好きなの?」
男は固まっていた。
私はふっと微笑んで、「私、ステーキが食べたいわ。行きましょう」
といって、男の手をとって、ロビーを後にした。

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