ピンポーン・・・
「はいるよー。」
背の高い男の人が、スーパーの袋をだるそうにぶら下げてる。
「どうぞ。」
私は、彼をリビングへと案内した。
玄関を目ざとくチェックした彼は、少し不機嫌なようだった。
「なんだよ、アイツらまだきてないのか。」
彼は、そうぼやきながら、袋の中からビールを取り出した。
「まだ、だめよ。直樹と愛子がきてから。」
そういって、私は彼の手からビールを奪い取った。
ちぇっ、と舌打ちをして、私のお気に入りのクッションにもたれかかった。
「もしもしー?まだかよ。もう着いてるぞ。」
ケータイの相手は、私の隣に住んでいる直樹かな。
すぐに玄関のノブを回す音が聞こえてきた。
「わりー、ちょっと寝てたよ。」
ふぁ・・・とあくびをしながら、直樹は周りをきょろきょろしていた。
「あれー、愛子もまだじゃん。」
そういうと、聡と目があっらしく、ちょっと申し訳なさそうな顔をしてみせた。
「そろそろ、料理もできるころだから。」
私は料理をお皿に盛り付けると、テーブルに運んだ。
愛が到着したのは、それから10分たってからだった。
「ごめんねー、今日はちょっとおもしろい話を聞いてておくれちゃった。」
聡は、へぇーと言ってたけど、全く関心がないようだった。
「もぅ、そんな顔しなくてもいいでしょ?」
そういって、直樹のほうに話をふった。
「そうだよ。お酒も美味しいし、料理もうまいし、最高じゃん。」
ちょっとほろ酔いな愛も、いっしょに「そうだよねぇ」と頷いてる。
「で、どんな話なんだよ。」
聡は、ビールをコップに注ぎ、一気に口に流し込んだ。
「それがねー、【ビデオガール】っていうんだけどね。」
そういうと、すかさず直樹が「エロビデオ?」と突っ込みを入れていた。
「ちがう。そんなんじゃなくてね、ビデオの中に女の子がいるんだって。
それでね、それをみた人が・・・」
「呪い殺す?」
直樹がうれしそうに、突っ込んでいた。
私は、愛の話に耳を欹てていた。
「・・・うるさいから、少し静かにしてて。」
愛は、ちょっと話にならないという風に首を横にふった。
「ちょっと待って、俺トイレいってくる。」
こうして、その話が始まった。
それは、本当にどこでもあるようなビデオテープの話だった。
話を聞いたのは、高校生の男の子から。
そのビデオテープは、いつのまにかそこにあったんだって。
普通に、昔録画したビデオかと思って再生したら、
最初は真っ白な画面なんだけど、その中に女の子が一人。
で、最初は全く動かないんだけど、途中から動き出して、
画面の方に近づいてくる。
何かゆってるみたいだったんだけどね、声が小さくて。
で、ボリュームを上げて、ゆってる声を聞こうと思ったんだけど、
親が急に部屋に入ってきて、すぐにビデオを消したらしい。
で、続きをみようとしたら・・・
「したら?」
「女の顔が、画面いっぱいに写ってたんだって。
【消さないで・・・】
って。すごい形相で叫んでたらしいよ。」
「こえー・・・」
直樹が少しぶるぶる震えていた。
「おまえ、酒が足りねーんじゃねーの?」
そういって、聡は直樹のコップにビールを注いだ。
「愛のせいで、今日一人で眠れなかったどうすんだよ。
責任とって、一緒に寝てもらうからなー。」
で、それから、そのこはテレビを消してぶるぶる震えてたらしいんだ。
親になんとかビデオテープを全部捨ててもらって、
やっと少し口を利けるようになったんだって。
「そのビデオテープは、どこにいったのかなぁ?」
愛は、それがね・・・
PRURURURU・・・
そういっているときに、部屋に電話の音が鳴り響いた。
「あ、ちょっとごめんね。」
そういって、愛は電話相手と話し込んでいた。
「えー、うそー。」そういう話をしばらくした後、
「じゃ、続きはじめよっか?」
こうして、再び愛の話が始まった。
急にね、人がいなくなることがあるよね。
例えば、ちょっと出かけてくるといったまま、そのまま帰ってこなかったりとか。
神隠しとか、そういうのかもしれないけど。
ふっとね、いなくなるんだって。
探しても、ぜんぜん見つからなくて。
そのことを調べていた友達の先輩がね、急にいなくなったんだって。
その先輩が調べていたのが、【ビデオガール】っていうビデオのこと。
もしかしたら、その先輩がそのビデオを手に入れて・・・
「っていう噂話を聞いてきたんだけどね。」
そういって、愛はみんなの顔をみて笑ってた。
「でも、別にそのビデオをみたからって、死ぬわけじゃないらしいよ。」
「だったら、俺も一度くらいみてもいいかな。」
冗談っぽく直樹がつぶやいた。
「そう?」そう言いながら、愛がバックからビデオテープを取り出した。
「これなんだけど、みてみる?」
「これなんだけど、みてみる?」
愛が急にそんなことをゆった。
俺は、今までの話を信用してはいなかった。
たとえ、それが本当だとしても、そんなに気にはならなかった。
なぜなら、俺は・・・
__昨日
「う、うわーーー。」
ガバッと俺は飛び起きた。
いつも、叫びながら目が覚める。
俺は、寝るのが怖いんだ。
何度か同じ夢を見る。
それは、生々しく人を殺す夢。
俺は呪われているのか。
ここ1、2ヶ月でみるようになった。
最初は、ただの夢だと思っていた。
1、2度俺はそういう夢をみた。
目が覚めても覚えている夢。
バシャバシャ・・・
顔を洗い鏡を覗き込んだ。
そこには、死にそうな顔をした男が写っていた。
「はぁ・・・」
冷蔵庫からペットボトルを取り出して、ソファーにもたれた。
ごくっごくっごくっ。。。
テレビのリモコンに手をやり、スイッチを入れた。
そうすると、いつものようにニュース番組で事件を放送していた。
「最近こういう事件多いですね。」
「今月に入って、3件目です。」
・・・
ニューズキャスターが写真と一緒に説明をしていた。
目の下にある大きなほくろ。
まただ、また夢で見た女性が殺されたんだ。。。
否、殺されたという報道はされてないな。
今回は、死んでないのか?
だったら、犯人の顔をみたんじゃ・・・
くそ、どうしたらいいんだ。
俺が警察にいっても、きっと相手にはしてもらえないだろうな。
俺が、本当にあんなことをしているんだろうか。
くそ、くそ、くそ。
こんなこと、相談できるやつなんていない。
・・・
そうだ、今までは女性の顔が主だったが、
俺がやったかどうかなんて、わからないんだ。
これは、もしかしたら、あれじゃないのか。
超能力者がよくやってる、遠くの出来事をずばずば当てる・・・・
なんだったか、よく覚えてないけど、あれだよな。きっと。うん。
だから、俺がやったってことじゃ、ないよな。
そうだよ。きっと・・・
そうだ、試してみよう。そうすれば、きっと・・・
そして俺は眠りについた。。。
キャアーーー
お、始まった。
く、、、いつ見ても嫌な感じだ。
女の首に手をかけるなんて。。。
違う、俺じゃない。俺じゃないんだ。
やめろ、その女を殺すな。
ナイフを持った手が、ゆっくりと女の顔に近づいた。
スーッと頬にナイフを当てると、血がトロトロと流れ落ちる。
やめて・・・と、きっといってるんだろう。
引きつった顔がみえる。
ドカン・・・
あれ、どうしたんだ?
!?
女が逃げてく?
まさか、女が蹴りでも食らわせたのか。
!?
誰かいるぞ。。。
あれ、血のついたナイフをもってる。
てことは、犯人自身てことか?
ロンゲか、やはり俺じゃないな。
あ、顔がみえる。
え!?
・・・るる
ぷるるる・・・
聡、か。
もう、こんな時間か。
そろそろ行くかな。
その前に・・・
「どうしたの?玄関のほうをきょろきょろして。」
「べつに。。。」
「ところで、このビデオつけてみるわね。」
そういって、愛子はビデオを再生し始めた。
・・・
真っ白な画面が続いていく。
「なーんだ、何も入ってないのか。ちょっとは期待してたんだけどな。
私ちょっとトイレいってくるから、続き見といて。」
ザザ・・・という小さな音が流れたまましばらく時間が過ぎた。
俺は聡の方を見てみたが、聡はあまりビデオに興味はないようだ。
「なぁ、聡。おれ・・・」
「おい、みろよ。」
そういうと、テレビの前に一人の女の子が現れた。
ビリ・・・ビリ・・
コマ送りになりながら、女の子が何か言っている。
音量を最大にしても、聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声で、
その女の子は話していた。
「なんていってるんだ?」
聡が、テレビに近づき、耳をそばだてた。
「あ、聡、だめーーー。」
トイレから戻ってきた愛子が聡に叫んだが、もうすでに遅かった。
ビデオの中の女が、薄気味悪い笑みを浮かべている。
「くっくっくっ、だめじゃないんだよ。
もう遅いの。やっとこれで、私も抜け出せるわ。
私は、3年ちょっとってとこね。やっと、これででられるわ。」
そういって、聡の体が急にテレビに吸い込まれていった。
と、同時に、中から違う男が現れた。
「だ、だれだよ。おまえ?」
ピンポーン
「こんな時間にだれだろ?」
「あ、俺ちょっとみてくるわ。」
直樹が玄関で何やらもめている。
「どうしたの?」
わたしが玄関のほうまでいくと、直樹と男の人たちが何か話している。
男の人は直樹に紙をみせて、私の部屋に入ってきた。
「杉山聡をどこに隠した?隠すとためにならんぞ?」
そういって、男たちは私の部屋を隅々まで探し回った。
「どういうことだ?ここにいたんじゃないのか?」
偉そうな男がぎろり直樹をにらんだ。
「否、だからさっきまでいたんだけど・・・吸い込まれていって・・・」
「何わけわからんこといってるんだ。」
「どこにもいません。」
「おまえら、ここに入ったのをみたんじゃなのか?」
そこにいた男たちを、怒鳴りつけた。
「くそ、やられたな。」
「もういいでしょ?帰ってくださいよ。」
わたしは、この人たちに大きな声で叫んだ。
「しょうがない、今日のところは帰るか。」
「なんだったのかしら、いまの。それよりも、どうなったの?」
そういうと、愛子が首を横にふった。
「アイツ、今の騒動といっしょにいなくなっちゃった。」
「直樹、今の人たちと知り合いなの?」
直樹は首をこくりと縦にふった。
「警察だよ。」
「え、なんで警察と直樹が知り合いなの?」
「俺、見たんだ。聡が、夢の中に出てきて、血のついたナイフもって・・・・」
「アンタ何ゆってんの?夢みてたんでしょ?」
「アイツが、女の子襲ってたんだよ!」
・・・直樹。。。違うんだ。。。。
「それより、聡はどうなったの?」
テープはまだ再生されたままだった。
「さっき、愛さ、聡にダメってゆってなかった?」
「そ、それは・・・。」
「なに?」
「うわさにはまだ続きがあって。。。
ビデオガールをみて、画面に触れると呪われるから、
絶対近づいて見てはいけない・・・って」
「なんか、うさんくさいよな。それって。」
「でも、現に聡がいなくなったじゃない。」
「聡が吸い込まれて、さっきのやつが出てきたってことは、
聡が中にいるってことだよな。だったら、聡が映ってもよくないか?」
テレビの画面には、ただ真っ白の映像が映っているだけだった。。。
「さっきと同じじゃん。」
・・・
「さっきはなぜ写ったのかしら。」
さっきは、愛がトイレにいって。。。
「愛もっかいトイレいってみろよ。」
「えー、やだよ。」
「いいから、さっきと同じ状況になれば、またなんか写るかもしんないだろ?」
「わかったわよ。」
・・・・
・・・・
・・・・
___30分後
「どう、なんか写った?」
「否、何にも写らなかったよ。」
「どうすんのよ。聡がいなくなったんだよ?
このビデオ専門家のとこにもっていって調べてもらおうよ。
あのうわさがホントだってこと、上司に言ったらきっと取材費ってことでお金だっておりるし。」
「いいんだよ、もう。おまえもそう思うだろ?」
直樹はわたしにむかってそう尋ねた。
「うん。」
わたしは、ただうなずくしかなかった。
「何いってんの、いいわけないじゃない。」
「大丈夫だよ。時期がくれば、必ずアイツは戻ってくるから。
な。今は、我慢してくれよ。」
そういって、俺は愛子からビデオを奪い取った。
そう、いつかこのビデオをみるそのときまで・・・
愛がいない間に、ビデオには映像が流れていた。
そこで、俺は、聡のいうとおり、このビデオを保管することに決めたんだ。
「なぁ、直樹、おまえのいってることは、たぶんそのとおりなんだ。」
「えっ?」
「そう、俺は、おまえのいうとおり、人を殺してしまったんだ。」
「やっぱり。でも、なんであんなひどいことを・・・。」
「ひどいだって?あの男がどんなことをしてきたか、おまえにはわからないだろう?」
「あの男?」
「そうだ、あの男、女をおもちゃのようにナイフで切り刻んで遊んでやがった。
女が恐怖におびえる顔をみて喜んでた変態ヤローだ。」
「!? おまえがあの女たちを殺してたんじゃないのか?」
「・・・そうか。おまえは全部はみえていなかったんだな。」
・・・
「俺の家に、郵便物が届いたんだ。ちょうど、1週間ほど前のことか。
中身は、鏡だった。ただの鏡、俺はそう思ってた。
しばらくして、その鏡の淵に傷が着いているのを見つけた。
そこには、血痕のようなものがついてたんだ。
俺は、さほどきにしなかったが、明け方に鏡が妙なものを写すようになった。
そう、それは、咲の映像だった。」
「え?わたしの?」
「おまえだって、わかってるんだろう?咲のこと。
あいつが・・・、あんなことになったのは、たんに偶然じゃない、ってことが。
きっと、神が与えてくれたんだ、俺はそう思ったんだ。
小躍りしたぜ。なんてったって、探してたやつをみつけたんだからな。
そして、俺は今日までその鏡に映った、咲の後ろから忍び寄る男を捜していたんだ。
鏡に映った時間帯に、その男をさがしていた。
そして、ようやくみつけたんだ。その男の後をつけると、女の後ろをそっとつけていたんだ。
案の定、そいつは女を襲った。そこで、俺は、そいつに一発くらわしたんだ。
そして、そいつに問いただしたんだ。
おまえが、このこ(咲)をやったのかってな。
そしたら、笑いながらげろったんだよ。
だからな、そいつがもってたナイフで・・・・」
「悪いが、このことは、俺とオマエの二人だけの秘密にしてくれないか。
きっと、誰も信じてはくれないだろう、し、俺もここからでられそうにない。
さっきのやつが、俺に言ってたんだ。
俺のことをだれも知らない【誰か】が見ないと、ここから出ることはない、と。
ま、ほんとかどうかなんてわからな・・・い・・・けどナ・・・・」
・・・聡、オマエ・・・
「しばらく時間が過ぎたら、このビデオの映像をネットで流してくれないか、
そうすれば、きっと誰かがまた同じようにこの映像をみてくれるはず・・・だ・
裏もの、とか、レア、とか、そういう内容のエロ動画ってことにすれば、
あほなやつらが集まってくる・・・」
「ったく、わがままなやろうだな。」
「必ず、流してくれよ(アナログだと、いつ壊れてもおかしくないだろ。)。」
「これで、咲も成仏できるな。」
「あぁ、今日がちょうど四十九日だしな。」
四十九日・・・
成仏・・・
死?
死んだ・・・私が?
咲っていったわよね。
「ねぇ、冗談でしょ?二人とも。」
そう尋ねてみても、二人の反応はありませんでした。
「ねぇ、冗談やめてってば。」
そういって、直樹を突き飛ばしてみよとした私でしたが、
私の体は、重力に引き寄せられるように、そのまま床に転がってしまいました。
「いててっ・・・。もう、どうなってんの!?」
私がふと戸棚に目をやると、笑顔で写っている写真が飾ってありました。
そばに、二本の線香が立てられて。
「直樹、今日は、直樹のとことまっていい?」
「うーん、俺ちょっと、用事があるから、さきに部屋にいっててよ。」
「わかった。すぐにもどってきてね。」
「ああ。」
俺には確かめなければならないことがある。
外にでようとすると、見かけない車が止まっていた。
まだ、警察が見張ってるのか。
まぁ、アイツがつかまらないでいてくれてよかった。
おかげで・・・
ドン
「おい、気をつけろよ。」
くそ、なんだよ、服になんかついて・・・
ピチャ
俺の手についたのは、水のようなものだった。
なんだ、このぬるっとした暖かさは。
時間差で、俺の全身に激しい痛みが走った。
「いってーーーーーーー」
痛い痛い痛いたいたいいたいいたいいいたいたいいたい
あぁあああぁああぁ・・・あ・・・
くっくっく。。。
俺は、道端に跪き、空を仰いだ。
「あんなにお月様が輝いてらぁ。」
おれ、ここで死ぬのかな。
バタッ
END
・・
・・・・
・・・・・・
なんてことをやってる場合じゃない。
くっそ、ったく痛えなぁ。
足を・・・ナイフか?・・・さしやがって。
病院、、いて、、、なんかいってる場合じゃないし、
早く、あいつの部屋に。。。アイツの部屋に。。。
警察に持っていかれる前に・・・
失敗すれば、あなた自身でけじめをつけてもらいます
くそ、ありえない。こんなこと、ありえないこと、なんだ。
だけど、どんなに怪しくても、これしかつじつまが合わないなら、
これが結論なのか。
俺は聡の部屋に行き、例の鏡をみつけた。
「これは、咲の鏡じゃないか。」
どおりであいつが受け取るわけだ。
咲の鏡じゃなけりゃ、鏡の淵に血のあとがついてれば捨てると思ったんだよな。
とりあえず、アイツがいうことが正しいのなら、この鏡、ここには置いては置けないな。
そして、俺はこっそりこの鏡を自分の部屋に持ち帰った。。。
愛、何してるの?
私は愛子と一緒に直樹の部屋にきた。
「やっぱり、あいつ聡の部屋にいったんだ。」
バックのなかからヘッドフォンを取り出して、何か聞いているみたい。
「さっきの聡の話がほんとなら、あのビデオてにいれないと。」
ねぇ、なんのこと?
「私だけの、聡。」
ガチャ
直樹が帰ってきた。
こそこそ何か隠しながら。
何かしら?
私は愛がヘッドフォンを直してる間に、直樹のところにいった。
「これでよし。」
そういうと、直樹はクローゼットの扉をしめたとこだった。
「このビデオも、愛にみつからないようここに隠しとくか。」
「わりぃ。おそくなって。」
そういって、直樹が部屋に戻っていった。
「どうしたの?その足。血?何かにぶつけたの?」
「え?ああ、これ。これは・・・」
死
何かを振り切るかのように、直樹は顔を横に振った。
「いや、なんでもないよ。ちょっと転んだだけ。」
「そう、大丈夫ならいいんだけど。」
お互いに、何か含んでるものがあるんだろう、
少しだけど、妙なきごちなさがあった。
直樹は何を考えてるの?
愛子は何を考えてるの?
私は、何をしたらいいの?
その疑問も、なにもかも、もうすぐわかる。
真夜中にそっと、直樹が動き出した。
音を立てないように、そーっと。
まるで、夜中に親の目を盗んで遊びにいく子供のように。
私は、直樹の後をそっとつけていった。
カタ。
「あいつのいうことが確かなら、これに何か写ると思うんだが。」
そういって、クローゼットの後ろにあるものをとりだした。
あ、これ私の鏡。
なんで、これを直樹がもっているのかしら。
私が不思議に思っている間も、直樹はなにやらぶつぶつとつぶやいていました。
そういえば、この鏡を買った骨董品屋のおじさんが、おもしろいことをいってたな。
【自分を映し出す鏡】だって。
私のことも、ちゃんと映し出してくれるのかな?
そう思い、私は直樹の横から鏡を覗き込んだ。
「わっ・・・咲!」
直樹はちっちゃな声をあげたけど、すぐに口を手で押さえた。
あ、私ちゃんと写ってるじゃん。
「さっきからいたんだから。」
直樹にそう話しかけても、直樹は鏡に夢中のようだった。
なんでだろう、ちゃんと鏡にも映ったのに・・・
でも、、、なんかこれおかしいな。
「ほんとに写ってるよ。この血のあとを触ったからか?」
直樹が、鏡の淵のキズを指でなぞりながら、鏡を覗き込んだ。
鏡の中の私は、たまにぎこちなくコマ送りのように動いたり、とんだりしていた。
「お、咲、風呂上りか。」
そういうと、鏡には、バスタオル姿で髪を乾かしてる私が写っていた。
・・・
「あっ!」
私のバスタオルがひらりと床におちた。
ちょっと、何写してるの!
ドンッ
私が、鏡を殴ると、映像が切り替わった。
「お、おいおい。なんだよ。いまからおいしいところなのに。」
直樹が、がっかりしながら、鏡をドンドンと殴った。
そして、また次の私が写り始めた。
・・・私が写ってる。
誰、この人?知らない。。。
知らない男が、すぐそばで私を覗き込んでいた。
咲、何してるの?早く逃げて。
私の体、触ってる。やめてよ。早く私、気づいて。
あ、私が気づいた。
私は口を押えつけられ、ナイフをつきつけられていた。
「やめてよ、直樹!」
私は、いやいやといいながら、男から逃れようとした。
え!?
直樹は一瞬ビクッとしていた。
何いってるの?違うでしょ。早く逃げないと・・・
男はにやにや笑いながら、私の体を嘗め回すように目で追っている。
私は顔にナイフを当てられたまま、胸を揉まれ、シャツを脱がされかけた。
「何、これ。」
その時、ちょっと画面が揺れたかと思うと、
グラグラと大きなゆれがおきた。
男は、ゆれで落ちてきた荷物や、倒れてきた棚などにぶつかっている。
「咲、今よ。早く逃げて。」
鏡の中の私は、私の願いどおり、急いでその場から逃げ出した。
バタンと扉はしまる。男は追いかける。
「なんだか、少し・・・思い出して・・・きた。」
私が、階段を駆け下り、最初の角を曲がった瞬間。
キキキィィーーー・・・・
ドンッ
「おい、大丈夫か?」
辺りに、私が倒れて、頭の辺りから、血がいっぱい、いっぱいでて、水溜りみたいに、いっぱい・・・
・・・
「これか、聡がみたってやつは。」
直樹は、じっと鏡を覗き込んでいた。
「あの日、たまたま大きな地震があったから、か。」
私の記憶がフラッシュバックしました。
あの、トラックのライトに照らされた私へ、と。
私、やっぱり死んだんだね。
自分の最後をこんな風に客観的にみると、
なんだ死んだのか、という諦めと、しょうがないな、という二重のあきらめもあるのだろう、
死を受け入れるのも、そんなに怖くはなかった。
私がここになぜいるか、とか、これからどうなるのか、なんてこれっぽちも頭をかすめなかった。
私は、そっとこの場を立ち去ろうとした。
もう、これ以上ここで見る必要があるとは思えなかった。
直樹の方をみてみると、まだ鏡を直視していた。
何してるんだろう?
鏡の淵を、なでたり突っついたり、
・・・そうこうしてると、また私の映像が写り始めた。
あ、直樹。
鏡の中は先ほどの映像とは少し異なっている。
そう、部屋が綺麗に整然と片付けられている。
私がソファーに座ってテレビを見ているところ。
その後ろから、そっと直樹が現れた。
「これだ。やっぱり写ってやがったか。」
そういうと、直樹は真剣な面持ちで鏡を覗き込んだ。
直樹は手袋をはめていた。
その手袋には、ハンカチらしきものを握っている。
そっと、私の背後から近づき、それで口を覆い被せた。
私は持っていたコーヒーカップを落とし、ジタバタと暴れている。
それが余計に悪かったようで、わたしはぐったりとした。
ハンカチには何か付けられていたようだ。
たぶん、その何かを吸いすぎたんだろう。
私が気を失っている隙に、直樹は私の家財道具を調べ始めた。
何かを必死に探しているけれど、目当てのものは見つからなかったようだった。
私の部屋に、何かおいていたかな?
目を閉じ、記憶の糸を引き寄せる。
あ、そういえば・・・
そう、私は親から相続した1億円を手にしていた。
その相続の件で、税理士の先生が何度か家を訪れてた時に、
直樹がたまたま部屋にきたことがあった。
そのときに、何気なく私がもらしたことを直樹は覚えていたのだろう。
直樹は私がお金を相続することを知った。
そして、一度だけ直樹は私にお金を貸してほしい、そういったことがあった。
お金で友達を失いたくないから、私はお金を貸さなかったけど。。。。
そのあと、直樹の部屋に怪しい人が来るようになった。
もしかして、直樹は私のお金を探していたのかしら。
ふらふらと私が起き上がろうとした。
床に落ちていたコーヒーカップがコロリと転がっていった。
それに気づいた直樹は、私の元に近づいて・・・
うそ
直樹は躊躇なく私の首に手をかけて押し倒した。
あぁ・・
声が漏れたような気がした。
バタバタと動いていた足が、ピタリと止まった。
その姿をしばらく眺めていた直樹は、ふとわれに返った。
ソファーに躓き、転び、それでも私から目を離せずにいる。
そして、ゆっくりと体を起こすと、直樹は部屋を後にした。
「あにき、大丈夫なんですか?」
薄暗い明かりの中、小太りの男が部屋を見上げている。
「しょうがないだろう。俺たちが持っていたのは、あの部屋のふだだ。
たとえ隣にいたとしても、俺たちには捜査する権利はない。」
タバコの煙を燻らせながら、黒い服の男は答えた。
「どっちにしろ、あいつが金を用意しなければ、死んでもらうしかないな。」
小太りの男は、チラリとあにきと呼ばれる男の方をみたが、
再び視点を元に戻した。
「やっぱり、金は人を変えるんですかね・・・」
ふぅ・・・
男は煙を吐き出すと、暗闇へタバコを投げ捨てた。
「おい、325。金が人を変えるわけじゃない。
人が金を変えたんだ。ただの紙切れを、化け物にな。」
鋭い視線がぎろりと325と呼ばれた男に向いた。
「あいつ、金を返せそうにないですね。
さっきも脅しに一発さしてみましたが、まさかびびって逃げるってことはないですかね?」
「どこにも逃げる場所なんてないサ。
ま、逃げようとしたら、そこでタイムアップ。
交通事故で死んでもらうだけサ。」
「それにしても、馬鹿なやつらですね。
ギャンブルで金を借りるやつと、連帯保証人で借金を押し付けられるやつ。
犯罪者を売って、少しは利息を安くしようと思ったんですかね。」
月明かりが雲間からもれ、男たちの顔を照らしだす。
ニヤリと笑みを浮かべた男は、あごで325に合図をした。
車に乗り込むと、鈍いエンジン音が辺りに響いた。
「こっちは、綺麗な金だろうと汚い金だろうと手に入れるのが仕事だからな。」
・・・
金なんてごみと一緒だ。
執着するやつは身を滅ぼす。
あればあるほどいいと思い込んでるやつがいるが、それは案外そうでもない。
いってみれば、服を沢山重ね着をするようなもの。
動けない。
捨てられない。もっともっとと欲がでて積み上げていく。
もう戻れない。今より生活水準を落とせない。
金がないほうが身軽に生きれるものを。
多くの持たざるものは、持っていないことに不安を覚えているだけなのだ。
それだけの者がいくら手に入れても、無駄だ。満たされない。
生きた金を使える者には、金が自ずと集まるというものだ。
・・・
「人生堕ち始めたら、戻るのは難しい。
きっと、さらに堕ちる運命を自分で引き寄せるだろう。」
「まさか、こんなものまで写ってるなんて。」
直樹は鏡のことを考えながらつぶやいた。
わたしがここに存在する理由、それはきっとこの理不尽な死を受け入れていないんだと、そう思った。
「あのビデオも、愛に渡さなくてよかったな。
もしあいに渡して、この鏡のことに気づかれでもしたら、俺もおしまいだったな。」
私はキュッと唇をかみ締めた。
沸々と腹のそこからある感情がわき上がってきた。
そこにあるのは、怒りだった。
「それにしても、金はどこにいったんだ?」
隣で愛が眠っている。
静かな夜が、ゆっくりと過ぎていった。
チチチッ
「眠れねぇな。」
夜が白々と明けて、太陽が少しずつ朝を急かす。
毎日、毎日同じように、朝は誰にでも同じように光を注いでくれる。
ふと気がつくと、愛の姿がそこにはなかった。
直樹は気づいていないようだ。
私はとりあえず愛を探すことにした。
そう、私は考えていた。
直樹のこと、どうにかして愛に伝えたい。
そして、直樹に罪をちゃんと償ってほしい。
私はそう思っていた。
愛は例の部屋で発見した。
「愛。」
私は愛のそばに駆け寄った。
「これが、聡の写ってるビデオね。」
そういって愛は自分の頬に摺り寄せた。
そして、こっそりと持っていたビデオをその場においた。
「これで、直樹はしばらく気づかないわ。
このビデオ、最初はどうなるかと思ったけど、意外と役に立ちそうだわ。
このままビデオの中にいれば、聡はずっと私のそばにいる。
聡がいくら人殺しだからって、時効になるまでずっとこの中にいればいいんだわ。」
そういって、愛はうっとりとした目でビデオテープを見つめていた。
「ねぇ、愛?」
愛は、直樹同様やはり私は視野にうつらなかった。
私が愛の顔を見つめていると、愛の瞳から涙が零れ落ちた。
「・・・なんで聡は咲のために人を殺しちゃうの?
なんで咲を諦めてくれないの?
あんなに私のことを好きだっていってくれてたのに。
なんで咲をとるの?ねぇ、教えてよ?聡。」
そういって、愛はビデオテープを抱きしめた。
「これからはずっと私がそばにいるからね。
もう咲はいないんだから。ね?」
私は次の愛の言葉を聴いて愕然とした。
「それにしても、あいつ何ドジってんのよ。
上手く咲を襲うようにいったのに。証拠なんか残して。
ま、死んでくれたおかげで報酬を払わずにすんだわ。」
そんなに悲しむことではないよ
私が振り返ると、小さな男の子が私のスカートを引っ張っていた。
「咲ちゃん。そんなに悲しいことじゃないよ!」
そういうと、ポケットから飴玉を取り出した。
私は男の子の前に手を差し出し、飴玉をみつめた。
ぱくっ。
ころころと口の中で転がしていると、
なんだか心が落ち着いてきた。
「咲ちゃん。何でそんなに悲しんでいるのかな?
咲ちゃんは、もう何もかもから解放されているんだよ。
そう、悩んだり悲しんだり苦しんだり、そんなことを考える必要はないんだよ。」
そういうと、男の子はできるかぎり笑って見せた。
「自由になれたんだよ。
そう、解き放たれたんだ!」
私は・・・、そう、私はもう悩む必要なんてないんだ。
咲ちゃん、生きてるとね、ずっとずっと悩み続けるんだよ。
苦しみ続けるんだよ。
ほら、隣の部屋にいる彼、ずっと悩んでるよ。苦しんでるよ。
自分がやったことをよくわかっているから、ね。
だからね、それが夢にまで現れるんだ。
自分がやった罪をね、隠そうとすればするほど、重くのしかかるんだよ。
罪を、嘘を重ねてしまうんだよ。連鎖、そう螺旋のように、繰り返されるんだよ。
心ではわかっていても、頭で否定しようとするからね。
心と頭の間でひずみが生じるんだよ。
そうするとね、彼みたいに、現実が夢のようで、夢が現実のようで、
そう、それはメビウスの輪のようにつながってしまうんだよ。
心がね、暴走し始めたんだよ。
もう、彼は戻れない。。。
もうすぐ、彼は・・・
そういうと、男の子は涙をぽろぽろとこぼした。
彼も、そこにいる彼女も、自分のことだけを考えているんだ。
だから、相手を傷つけて、自分も傷ついて。。。
咲ちゃんはね、死んじゃったんだ。
でも、それは仕方がないことなんだよ。
宿命、そう、命が宿ったときに決まっていたの。
だからね、もし違った人生を歩んでいたとしても、
違う道を選んでいたとしても、終わりは同じなんだよ。
そういうと、男の子は私の手をぎゅっと握った。
もうないはずの温もりが、私にはとても温かく感じられた。
「こんなところで、何をやってるんだ?」
部屋の外から直樹の怪訝そうな声がする。
「あ、ちょっと会社の人から連絡があって。ね。
ほら、直樹を起こしちゃいけないと思ったから・・・」
いつの間にか、愛は部屋の外に出ていた。
「そっか。」
直樹はそれ以上愛を問い詰めたりはしなかった。
いや、むしろ問い詰めるほどの余裕は直樹にはなかった。
「あ、私、ちょっと仕事があるからもう帰るね。」
「わかった。気をつけてな。」
愛は、この場にいる理由はもうなかった。
すでに、愛のバックには、れいのビデオがおさめられていた。
直樹の方も、愛が帰ることを望んでいた。
彼には一つアイデアがあったからだ。
それを試すには、愛がいてもらっては困る。
お互いの利害が一致している。
「じゃあね。」
二人は、軽くウインクを交わすと、その場をあとにした。
彼にどのような考えがあるのだろう。
それは、鏡を見ることだった。
そう、彼は必ず私がお金をもっていると確信していた。
事実、私のお金は部屋のお気に入りのソファーに隠していた。
直樹は鏡を穴が開くほど見つめて、そのことを発見した。
その映像が流れたとき、直樹は顔は笑っていた。
彼は、居ても立ってもいられずに、私の部屋へと向かった。
案の定、私のソファーからお金がでてきた。
直樹はその足で、お金を返済に行った。
・・・
『よく金を用意できたな。』
「いやー、借りたものは返さないといけないので。。。」
『まぁ、この金をどうやって工面したはきかない。』
「はい。これですっきりしたって感じです。」
直樹は嬉しそうに、にんまりと笑って見せた。
『また、金を借りたければいつでもたずねて来い。』
「いやー、できればもう借りないように気をつけます。」
男は吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。
もう元には戻れねぇよ・・・
男はそういいたそうな面持ちだったが、言葉にはしなかった。
『その足は利息代わりだ。』
そういうと、男は直樹の怪我をした足に目をやった。
「はぁ・・・。」
それでも命がある、それだけで直樹は満足だった。
私は、その一部始終をただみるしかなかった。
ふと、わたしは男の視線が自分をみているのではないかという錯覚に陥った。
男の目を見たときに、にやりと笑った気がした。
『もう、こんな時間か。』
私の後ろの壁には、8時を指した時計が掛かっていた。
「じゃ、俺そろそろ帰ります。」
直樹は一礼をして、その場を後にした。
私は祈った。
帰り道、直樹が車にひかれますように。
空から花瓶が振ってきて、直樹に当たりますように。
そう思いながら、後を追ったきたが、何も起きる気配はなかった。
・・・
直樹は部屋に帰るなり、鏡のある部屋へと向かった。
「もう、用済みだな。」
そういうと、直樹は隠していた鏡を床にたたきつけた。
パリン
鏡の破片が当たりに飛び散った。
バリ、パリン・・・
床にばらばらになった鏡をみていた。
そこに、直樹の血がついていた。
「手をきったか。」
割れた鏡の破片に写った直樹の顔がゆがんで見えた。
「これも。」
そういうと、聡の写っているビデオだと思い込んでいる直樹は、
フイルムの部分をびりびりと引っ張りだした。
そして、落ちていた鏡の破片で、ザクザクと切り裂いた。
それが、愛がこっそり交換していたビデオだとは疑うはずもなかった。
「ふぅ。これでよし。」
そう、これで全てが終わった。
交通事故で死んだ私に、こんな陰謀が隠されていたことなんて、誰もしらない。
あの聡でさえ、途中までしか気づかなかったんだ。
それに、聡はビデオの中。
愛も直樹も、お互いに私を陥れて・・・欲しいものは手に入れた。
お互いにこのことを話題にすることはないだろう。
彼らにとっては、全て丸く収まったというわけだ。
「あっ」
私は、さっき話しかけていた子供がもういないことに気がついた。
そして、その子が誰なのか、今思い出した。
「お兄ちゃん。」
そう、私が小さい頃、私の身代わりに死んだ、おにいちゃん、だった。
だから、『咲ちゃん』その言葉が懐かしさを感じさせたのだ。
人には言ってはいけない言葉がある。
思ってもないのに、その言葉を使うと・・・
「ねぇねぇ、きみ、私のために死ねる?」
「うん。」
「そう?」
そんな会話が昔でたことがあった。
そう、それはずっと昔のこと。
もう、そんなことも忘れてしまうほど時間がたっていたのに。
私の彼は、平凡なサラリーマンを、可もなく不可もなくこなしていた。
愚痴を言うこともなく、いつも笑顔を絶やさず。
悩みなんてないのかしら、と思うほどだった。
よく、不良高校生に絡まれて、カツアゲされていたみたい。
そんなときも、「お金を上げて殴られないのなら、そっちのほうが・・・」って。
頼りなさすぎな彼。
そんな彼に、なぜか魅かれてしまった自分が嫌だった。
彼は、本当に私のことが好きなのだろうか?
そんな時、ふと私は彼に尋ねた。
「私のために、死ねる?」
「うん。」
・・・
「そしたら、きみは喜んでくれるのかな?」
彼は、死んでしまった。
私の目の前で。屋上から飛び降りて。
そんな話きいたことないわ。
「ねぇ、そうでしょう?」
頭がおかしくなるわ。
私が悪いの?
彼と食事をしたホテルの最上階。
夜景が綺麗だった。
もう、その夜景をみることはない。
あのときの彼の姿を思い出すから。
今も、私は彼に見られている気がする。
「お願いだから、私のために、死なないで・・・」
ザザァ・・ン
・・・ザザ・・・ン
どこからか潮騒のような音が聞こえる。
その音に揺られながら、ふわふわとした気分を感じていた。
奈々子
男は、確かに奈々子という言葉を発した。
しかし、それにはあまり意味などない。
男は、ただなんとなしにその名前を呼んだだけだった。
ぼんやりとした意識が、焦点がわずかずつあい始める。
気がつくと、男の横には、女が立っている。
「ねぇ、大丈夫?さっきからぼぉーとしてるけど。」
軽く女に肩を揺すられて、男は曖昧な返事をする。
「あぁ、大丈夫だよ。奈々子。」
それは、本当に自覚のない夢のようだった。
男は、奈々子の顔をみて、やさしく微笑んだ。
「隆、早くいかないと映画はじまっちゃうよ。」
あぁ、と気のない返事をした隆を気にせず、奈々子は道を渡る。
途中、奈々子は何かに気づいたらしく、踵を返した。
「あ、やっぱり。」
そういうと、奈々子は何かを見つけたようだった。
隆は、ゆっくりと奈々子の瞳の先を追いかける。
そこには、---隆の2、3メール後ろに、スカーフが落ちていた。
奈々子は何やら隆に声をかけていたのだけれども、
隆の耳にはよく聞こえなかった。
まだ、どこからか潮騒の音が聞こえている気がした。
奈々子は、急ぎ足で隆の下まで戻り、そのまま何もいわずにスカーフの場所まで歩いていった。
隆は、そこで何となしに奈々子に向かって手を伸ばす。
しかし、どこか自分の身体を上手く操れない隆は、動かしたのが気持ちだけで、
実際には、奈々子に何も触れてはいなかった。
ザザ・・・アン
とても、ゆっくり時が流れている気がした。
しかし、何かが少しずつ早くなっているのを感じる。
そう、それは微かではあるが、確実に早く、熱く、高鳴っていた。
奈々子
言葉になるかならないか、そのくらいの声音で隆は奈々子を呼んだ。
いや、すぐに叫びえと変わった。
奈々子がスカーフを拾い上げて、隆の方をみて何かしらゆっている、
ちょうどその時に、角を曲がってきたトラックが奈々子めがけて走ってきていた。
奈々子
すでに、隆の鼓動は跳ね上がり、心臓は太鼓のようにバンバンと打たれ、
動悸は激しくなっていた。
「奈々子」
そう叫んだときに、ドンと鈍い音が辺りを包み込んだ。
・・・ン
ザァァ・・・ン
・・ァン
ザザァァ・・・・・ン
潮騒の音と共に、微かに鈍い音が、耳の中で鳴り響いた。
ポタッポタッと、冷たい何かが触れる。
雨だろうか、いや、潮だろうか。
耳鳴りのように、音は繰り返し鳴り止まない。
ゆったりと体が揺れているような気がする。
そう、これは全て夢なのだ。
そのような気さえする。
海に浮かぶ身体、まるでそのようにゆっくりと心地よい。
温かい水が、身体に触れている。
ザァァァン・・・・
ザァァ・・・
・・・ァァ・・・
・・・・ザァァァ・・・ン
・・・
・・ア・・ァン
「ねぇ、隆。」
瞳を開けると、明るい光が飛び込んできた。
「ん・・・?」
隆は、ぼやけた意識をそばにある何かに焦点を合わせる。
「もう、折角沖縄に着たんだから、寝てないで泳ごうよ。」
目の前に微かにかかった霧が開けると、そこには奈々子の白い足があった。
顔にはしっとりと湿った砂の感触がある。
「あぁ。」
隆は手に力を入れ、ゆっくりと仰け反り顔を奈々子に向ける。
顔についた砂が、ぽろぽろと剥がれ落ちる。
奈々子は、腕を組んでちょっと頬を膨らませている。
隆の下肢は潮に打たれていた。
奈々子の後ろには、眩しいほど太陽が輝いている。
隆は、ごろりと仰向けになると、奈々子の顔をみつめた。
「奈々、泳いでおいで。」
「もう、一人で泳いでも楽しくないでしょ!」
そりゃそうだ、潮騒を聞きながら隆は思った。
奈々子の白い水着が眩しい太陽とともに隆の瞳に映る。
何か大事なことを忘れている、そんな気がする。
ホテルに戻ると、奈々子はシャワーを浴びている。
その間に、隆は冷蔵庫からビールをとりだし、ベッドに座り込んだ。
シャァァ・・
水の流れる音が聞こえる。
奈々子の後姿が、曖昧なイメージで浮かび上がる。
振り返る奈々子。
ゴクゴクとビールが喉を鳴らす。
シャァァ・・アア・・
・・・ァン・
まだ、どこかしら潮騒の音が聞こえる。
それは、耳鳴りのように。
目を瞑れば、真っ白な世界が広がる。
それは、途方もなく、何もない世界のように。
「どうしたの?」
バスローブを着た奈々子が、隆のそばに横たわった。
「なんでもないよ。」
「そう?シャワー浴びてきたら?」
奈々子は、少し首を傾けながら持っていたタオルで髪を拭く。
「早く入って。しよ?」
隆は、身に着けていたものを外し、ふらふらと浴室へと向かう。
ふらふらと感じたのは、隆自身だが、奈々子には別に異変は感じられないほどの僅かな変化だった。
ノズルを回すと、隆の顔にぬるい水が打つ。
ぱちゃぱちゃと、水は滴となって、身体を滑り落ちる。
そのまま水の滴は排水溝へと流れていく。
その滴が、隆には何か違うもののように感じられた。
そう、それは水というよりも、ねっとりとしたぬめりのある・・・血。
「ねー、隆。」
奈々子は、寝室から隆を呼んだ。
「あぁ?」
浴室の声は、隆の声を高く響かせていた。
「隆の時計、止まってるよー。」
そうか、そう隆は呟き、壁に両手をついた。
先ほどまで左手に付けていた時計のあとを見た。
隆は、右手でその時計のあとの部分をぎゅっと握り締める。
シャワーの水は、相変わらず隆の頭に降り注いでいる。
そのまま隆の身体も水と一緒に消えて無くなりそうなほど、
意識がたゆたっていた。
ほんの少しの不安と一緒に。