セル2

すべてを失った
自分自身をのぞいて・・・

「セル」

人は、理にかなうことを真とする。
その真を壊すことができれば、
完全犯罪なんて、たやすいものだよ。

はっと目がさめた。
太陽がだいぶ高くなっている。
日差しがまぶしい。
「おめざめですか?」
付き人が話しかける。
「ああ、今日はひさしぶりによく眠れたよ。」
めずらしいな、あの人の夢をみるなんて。
「今日は、とうとうあいつをつかまえるんですね。」
長い戦いだった。
「すべてがおわるといいが・・・」
もう二度と、太陽をみることはないのだろうか。

「みえないものはないわけではないんですよ。」
となりに座っていた男の人が俺に話しかける。
「たとえば?」
「そうですね、昼間に空をみあげてごらんなさい。
星々は恥ずかしがって、姿をみせてくれません。
それでも、彼らはいるのです。」
「はぁ。」
へんなことをいう人だった。
しかし、俺は彼の世界にのみこまれていった。

一度、彼に名前を訊ねたことがある。
しかし、彼の返答はノーだった。
「名前なんて、無用なものですよ。
気持ちが、相手に話しかけるのです。」
彼は、とても落ち着いていた。
若くもみえたが、白髪交じりが老けてもみえる。
俺は、結局彼のことをほとんどなにもしらなかった。

「完全犯罪を、考えつくと身が震えてしまいます。」
初めてそのことを聞いたとき、俺は少しとまどった。
彼がイカれてしまったのだろうか?
しかし、彼なら本当にできないことはないだろう。
「人の理とは、不思議なもので、
ありえることを理で説明しようとする。
つまり、理は偶に弱いのです。
理をあたりまえなものとするなら、偶ならどうなるでしょう?」
彼の目が生き生きと輝いていた。
「わたしはいままで、いろいろな人に出会ってきました。
人の心の中にある、悩みを聞く仕事です。
それら一つ一つについて、あなたにお話をするわけにはいきません。
しかし、そこから感じてきたことがあります。
彼らは、みな理では計れない人たちなのです。
つまり、普通の人ではない。
しかし、だからこそ違う感覚を養うことができるのですが。」

彼の話は続く。
「今までに、何度か犯罪に手を貸したこともありました。
しかし、彼らは罪に問われることはありませんでした。
それは、理にかなわないことだからです。
つまり、証明ができないから。
難しいのです。理外の事象というものは。
今、私があなたをナイフで刺したとします。
そして、私が逃げた時、あなたはどうしますか?」
「もちろん、警察にいいますよ。」
「どういう風に?」
俺は考えた。
「少し白髪交じりの男性が、ナイフで俺を刺した、と。」
彼は、ふふふと笑って見せた。
「被害者であるあなたが、彼、つまり私を犯人だと警察にいえば、
わたしが捕まることはないでしょう。なぜなら・・・」
そういうと、彼は自分の髪をひっぱり、皮膚をぐぐっと引っ張って、
びりびりっと破り始めた。
そこからでてきたのは、女性だった。
「これが、偶です。」

「あは。びっくりしちゃった?」
彼女は、俺の顔を見ると吹き出した。
かなり間抜けな顔をしていたようだ。
「冗談よ。冗談。もしかして、全部信じちゃったの?」
俺は、こくんとうなずいた。
「まさか、人なんて殺すわけないでしょ?
そんなことしちゃったら、テレビに映れないでしょ?」
なにか不思議な人だな。
「あなた、わたしのこと知らないみたいね。
わたしは、さとみ。探偵よ。」

俺は、なにがなんだかわからなかった。
「人ってね、思ってるほど複雑じゃないの。単純なのよ。
あなたは、一番びっくりしたことに心を奪われて、
そのほかのことまで注意がいかないでしょ?
そういうときって、全部が一緒になっちゃうの。
たとえば、私が男と思っていたあなたには、
女ということで、今までのことも全部本当に思えちゃうでしょ?
ちょっとしたマジックみたいな感じ。」
「人って単純なんですか。」
「そうそう、単純なのよ。考えてもわからないことなんて、いっぱい。
そうねー、たとえば、10万円と1万円。どっちが大きいと思う?」
「10万円でしょ?」
「そう、じゃ、どうして10万円の方が大きいの?」
「それは、1より10が大きいのはだれでもわかりますよ。」
そういうと、彼女はふふふと笑い、
「そう、だから単純なのよ。」
なんとなく、わかったような、わからないような、変な気分。

「そっか、わたしのこと知らないんだぁ。
まだまだだなぁ。」
彼女は俺の顔をちらっとみて、ちょっとがっかりしてる。
ピピって6時を知らせるアラームがなった。
「あ、ごめんね。そろそろお仕事の時間なの。
はい、これ。」
そういうと、彼女は俺に名詞を渡してくれた。
「何かあったら、連絡してね。きっとあなたの助けになると思うから。」

彼女とは、あれ以来会っていなかった。
電話で話すこともなかったが、彼女のことを忘れたことはない。
俺の道に大きな影響を与えたのは否めない。
彼女が時折見せた鋭い眼光は、俺の心の奥底までのぞいているのではないかと、
いつもいやな気分だったが、たぶん俺をわかってくれたのは彼女だけだろう。
「ひさしぶり。」
そういうと、彼女は俺のよこに座った。
「結構男っぽくなったなじゃない?」
彼女は、俺の顔をのぞき込んだ。
「なにしけたつらしてんのよ。あのころとあんまりかわってないわねー。」
彼女は、どうも苦手だ。

「そうそう、例の子しらべてみたわよ。」
ふふふと笑う。
彼女は、今時の女性で、笑うとえくぼが目立つ。
口もとが特徴的な女性だ。
表情は豊かで、顔は笑ってるように見えるが、
目だけがどうも笑ってないように思う。
「おーい、きいてるのかー?」
「あ、きいてます。」
「それにしても、あんたってば、警察を敵に回しちゃだめでしょう?」
資料を取り出しながら、ぽつりという。
「そんな、違いますって。俺じゃないですよ。」
「なに緊張してんのよ。」
「いえ、そんな、べつに。」
なんとなく、ぎこちない。

「このこ調べてみたけど、あなた彼に恨まれてるでしょう?」
「え?」
「なにか、恨まれるようなことしていない?」
「別に、なにも。」
「わたしが調べた限りでは、このこは父親っこみたい。」
そういえば、そういう話をしていたな。
でも・・・
「そう、彼の父親は自殺したわ。そのことで、彼に変化が生じたの。
あなたのところに通い始めたのも、ちょうどそのころね。」
「そうでした。」
「あなた、彼の父親をしってる?」
「え、父親ですか?知らないと思いますけど。」
「あなたは、彼の父親を知ってるわ。
そして、今回の事件は、そのことと関係があるの。」

「ここからは、私が調べたことを元に肉付けして話をするわね。」
そういうと、軽く息を吐いた。
「彼の父親は、あなたの患者にいたの。
でも、彼はずいぶん前に妻と別れたのね。だから名前も違うんだけど。。。
その妻との間に、二人の子供がいたの。その一人が、彼なのよ。」
俺の頭の中では、ぐるぐると彼の父親の情報を収集している。
「彼の父は、三年前、岬峠でくびをくくって死んでいたの。
問題は、そのことなんだけど。。。
父親はね、妻と別れた後も、子供とはよくあってたみたいなの。
子供は、父親のことが好きだったのね。すごくなついてたみたい。
父親はいろんなことを彼に話したのね。
そこには、あなたのこともでてきたと思うわ。
だから、あなたのところへ通おうと決めたんだわ。」

「あなたが巻き込まれた事件って、昔書いた話がもとになってるんでしょう?」
俺は、こくんとうなずいた。
「人を恨むっていうのは、すごい力が働いてるの。
そんな簡単には、人を追いつめようだなんて思わないものなのよ。
そのくらいのこともできるのは、それだけ悲しいことが彼にあったから。
あなたをおとしいれても、心が痛まないくらいの・・・」
大きな雲が、あたりを包み込んだ。
「あなたは、そのお話を彼の父親に話しているはずよ。
そして、もしその話を、父親が彼に自分のお話のように聞かせていたとしたら、
そして、あなたの部屋で、そのお話を書いてるあなたをみたら、
彼はどう思うかしら。
今回の事件、それは父親に対するあなたの侮辱。」
「それは、つまり、彼が父親の考えたものを俺が盗作したと?」
「そういうことね。
きっと、彼はさも自分が考えたかのように彼に聞かせてあげたんでしょうね。」

人は単純なものよ
その言葉が頭の中をよぎった。
先入観、か。
はじめに聞いた人が作品を作り、後から聞いた人はそれを真似してる、と。
順番の違いってやつか。
「彼が追い込んできた人たちも、きっと彼の父親に関係してるんだと思うわ。
それだけ、彼は父親のことが好きだったのよ。」
これで、彼の動機はわかった。

「さとみさん、ありがとう。おれ、そろそろいくよ。」
俺はぐっと拳を握りしめた。
俺は彼の心を開いてあげてなかったんだな。
医者として失格だ。
「今、彼がどこにいるのかわかるの?」
俺は、下を向いた。
「わかるよ。」
そう、彼は父親のそばにいる。
「ふふふ、そのくらいはわからなくちゃね。」
そういうと、彼女は踵をかえして歩き出した。
「あのー。」
「ああ、今回のは貸しにしといてあげるわ。」
彼女は、振り返りもせず手を大きく振った。
ったく、変な人だったな。

プルル・・・プルルル・・・ガチャ
「もしもし、日下か?俺だ、由真だ。」
「あ、先生どうしてたんですか、ずっと心配してたんですよ。
警察のやつらも、俺の家の前うろうろしたりとかして。」
「いいか、おまえに頼みがある。車を一台用意してくれ。」
「わかりました。」
「悪いな。」
「俺、先生が犯人じゃないって信じてますから。」
「そうか?おまえのことだ、ニュースが流れたとき、
俺が犯人だと思ったんだろう?」
「そ、そんなことないですってば。」
「まあいい、頼んだぞ。場所は、いつもの公園のところに頼む。」

公園までの道のりを、身を隠しながら向かう。
いつも通っていた道も、普段とは違う。
すぐ角から警察が現れて、俺を捕まえるかもしれない。
犬がわんわん吠えるだけで、体が硬直する。
車に乗り込むまで、通り過ぎる人がすべて警官のように思えた。
ガガガ・・・ガガガ・・
手がふるえてるのか、うまくキーを回せない。
ガガ・・
ブゥンとエンジンがかかる。
ルームミラーをあわせる。
久しぶりにみた自分の顔は、ずいぶんやせ細っていた。
骸骨みたいだな
頬がこけて、頬骨がわかる。
みんなには悪いが、俺一人でこの事件を終わらせてもらう。

暗くなるまで待った。
あいつも俺と同じ、人目にはつきたくないはずだ。
岬峠は自殺の名所。
生きる気力を失ったものたちの、最果て。
樹海はこの闇夜を映し出すかのように、暗く、
まるで底なしの穴に落ち込むような気さえする。
地獄だな
一度ここを訪れたことがある。
そのときは、こんなところにくるやつの気がしれないと思ったが、
人との接触をさけるには、なんと解放的な場所だろう。
歩く度に、小枝がパキッと音を鳴らす。
ホーホーと、得体の知れない鳴き声がする。
どこに向かってるわけでもない。
全神経を耳に、目に、そして体中に集中させる。
月が雲に見え隠れする。
だんだん、目が暗闇になれてきた。
耳も、この静けさに慣れてきた。
心臓の鼓動さえも聞こえてくる。
月の光でさえも、耳に入ってきそうだ。
すべてを失ったと思っていたが、
俺は、この世界のすべてを手に入れたような気がする。
そう、この世界と一体となったのだ。

ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
鼓動が高鳴ってきた。
すぅ・・・はぁぁ・・・
深呼吸をした。
雲間から月が現れた。
とても、大きな月だった。
なんて自分はちっぽけなんだろう。
「くくく」
ドキッとした。
「くっくっくっ」
俺はあたりを見渡した。
周りにはだれもいない。
誰が笑っているのかに気づくまでしばらく時間がかかった。
ああ、笑っているのは俺か。
「わっはっはっ」
いまの自分が滑稽に思えた。
俺は心の底から笑った。

「加藤さん、ほんとに由真のやつここにくるんすかね?」
カーカーとカラスが鳴いている。
薄気味悪いな。
「ああ、さとみ探偵がゆってたんだ。間違いないだろう。」
「でも、そうだとしたら、犯人は、その・・・」
大下がいいたいことはわかっている。
しかし・・・
「どうなるんすかね。俺、こんなの初めてで。」
「そうだな。」
昔、テレビのニュース番組でみたことあったな。
あの保険金詐欺の。
あの続きはどうだったかな。
「あっ」
「あまり声を出すな、やつに気づかれる。」
「でも、加藤さん。これ。」
大下が指を指した方には、腐りはてたドクロが転がっていた。
うっうぇぇぇ
「ハンカチで口でも押さえてろ。」
ちきしょう、ここは死体の山かよ。

ザザザァ・・・ン
青く狂った波が岩場を削っている。
森を少しでたところに、小さな入り江があった。
そこに、少し土が盛られた場所がある。
そして、一本の棒と帽子がおかれていた。
それが墓だということはすぐにわかった。
はっとした。
その土のすぐそばで、何かが動いた。
奴だった。
奴は、俺の顔をみると、墓に目をうつした。
魂が抜けたような顔をしている。
「おまえは、一人ぽっちなんだな。」
俺の声に全く反応しない。
「おまえの復讐は、もうおわったのか?」
俺は、奴のほうに歩みよった。
「おまえの時間は、父親が死んだ時からとまっているんだな。」
やつは、ぴくりともしない。
「もしかして、ここがおまえと父親との思いでの場所・・・」
どこか遠くの方をみているような、うつろな目をしている。
「毎日毎日、ここで父親がくるのをまっていたんだな。
もうそろそろ、止まった時を動かしてもいいんだろう?
俺が、動かしてやるよ。」
俺は、やつの首にそっと手をかけた。
「やめろっ!」
振り返ると、拳銃をかまえた男がいた。
「由真、おまえが犯人じゃないことはわかった。
そいつから離れろ。」
「俺は、もういいんだ。」
俺の二つの腕にぐっと力を込めた。

人を助けるなんて、俺は神様じゃない。
ずっと誰かを助けてみたかった。
神の領域を。
小さい頃、俺はままを助けたかった。
あのとき、神様を恨んだ。
そんなもの、いるはずないって。
だって、ままを助けてくれなかった。
ずっと助けたかった人を助けられなかったことを悔いていたんだ。
大切なままを助けられなかったのに、
ほかのやつなんて助けられるはずがない。
俺はそう思っていた。
しかし、今、俺の目の前に一人の死にかけているやつがいる。
いや、実際にはもう死んでいるのか。
俺の目には、楽にしてほしいというふうにうつる。
このまま、苦しみの業火にもだえながら、
抜けられない地獄の迷路を歩ませるなら、
俺が命をかけて、助け出してやる。
「やめろーーーーー」
「うっ」と小さい声をだして、奴は膝をついた。
赤い血がベットリと付いている。
それでも、俺は力を緩めない。
男たちが近づいてきた。
ガクンと体が傾いた。
重くなった体は、奴の体に覆い被さった。
折れ曲がった体から、血が噴き出していた。
2発、いや3発は撃たれたようだ。
バタンと勢いよく転げ落ちた。
その重みに耐えきれず、入り江は崩れ落ちた。
俺と奴の二人を飲み込んで・・・

「はぁはぁはぁ。加藤さん!」
俺は首を横にふった。
「なんで、あいつはあんなことを。」
「あいつも医者のはしくれ。たすけてやりたかったんだろう。」
「そんな・・・」
あと味が悪い。
「加藤さん、あいつ、これで本当にしんじゃったんすかね?」
「そうだな。これで本当にしんだんだろう。」
「もう、よみがえってきたりしないっすよね?」
「大丈夫だ。あの医者があいつをちゃんと殺してくれただろう。」
「俺、あの医者に弾うちこんじゃいました・・・」
「そうだな。。。」
もう、あの二人は戻ってこない。
由真、おまえが殺したやつは、すでにこの世には存在しない人物。
上から捜査を中止する命令がでて、俺たち二人で捜査をしてきたが、
まさか、おまえにやつをしとめさせてしまうとは。
「加藤さん、これですべてが謎ですね。」
「そうだな。」
俺たちがつかみかけていた、裏組織の情報もこれで切れてしまった。
すべてが闇の中。

あなたたちのそばに、すでに死亡していると認められた人物がいるかもしれない。
そのときは、加藤まで・・・

セル<暗闇の中へ編> 完

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