‚ある佐木の1日

「ふぁ~」
今日もよく飲んだ。やっぱ仕事の後のお酒は最高だぁ~。
そろそろおうちでも帰るかなぁ。
私が会計をすまそうと思ったとき、ふと自分のいた場所に目をやりました。
あれ?あそこに荷物が。
私はあわてて荷物をとりにいきました。
もう酔ってたから、なんで荷物置き忘れたかなんてすぐにわかるはずがない。
自分のもの、忘れちゃだめ。
そのときはすぐにそう思いました。
「佐木ちゃん、またきてよ。」
マスターが声をかけたのを最後に、私はその店を退出しました。

外の風は冷たくて、私は少しよいが冷めました。
「あぁ、冷たいなぁ、もう。せっかくの酔いがさめちゃったじゃない。」
夜の街はこれから活気がでるようで。
でも、まだこっちの環境になれてないからなぁ。
先週、異動でこっちにきたばかりだから。
にぎやかな街に繰り出したいところだけど。
「夜も眠らない街、かぁ。」
不夜城は、すべての世界を支配しているように思えました。

ぷるるる・・・ぷるるる・・・
あれ?何かなってる。
どこだろう。
私の携帯の着信音とは違っていましたが、近くでなっているのはわかります。
あ、あった。
「もしもし?」
「もしもし、はるみ?もう、なんだ。心配したんだよ。」
「え?」
「あ、いいのいいの。気にしないで。それじゃ、また電話するから。」
ガチャ・・・
いったい何だったんだろう。。。
そのバックが自分のものでないと気づいたのは、しばらくたってからのことです。

電車に乗ろうと思って、駅のホームへ向かっていきました。
こっち方面にくると、さすがに人の姿が少ないなぁ。
私がのろうとしていた電車は、近くの駅からでも乗れるんだけど、
少し歩きたい気分になって、隣の駅の方に向かいました。
あたりが暗闇に包まれ始めた頃になって、
ようやく自分がばかなことをしているの気づきました。
疲れたなぁ。
そんなことを思いながら、暗闇を歩き続けました。
たそがれよりも暗いことより、人がいないことの方に、
少し不安を感じていました。

もうくたくたです。歩きたくないです。
ぐすんと泣きたくなってきました。
ここで引き返せば、また同じ時間かかります。
あともう少しでとなり駅です。
線路がみえます。
一瞬なにか動くような気配を感じました。
「うっ」
悲鳴ににた声です。
絶対何かいる。私はそう思いました。
がたがた・・・っといったかと思うと、ブゥン・・と車のエンジン音が聞こえ、
キュキュキュとタイヤのすれる音が聞こえました。
音の聞こえたほうにかけよってみると、一人の女性が倒れていました。

「大丈夫ですか?」
反応がありません。
も、もしかして死んでるんじゃ・・・
心臓に耳をあててみたけど、服がじゃまでぜんぜんわからない。
腕をつかんで、脈をはかってみた。
「あ、いきてる。」
少し安心して、でもどうしたらいいのかわかりませんでした。
こんなときは・・・
うっ・・ごほっ・・
あ、気がついたみたい。
「大丈夫ですか?」
「うう、はい、大丈夫です・・・
ところで、あなたはだれですか?」
そういった瞬間、彼女は頭を押さえながら悲鳴をあげた。
ぅぁは・・・
「ねぇ、どうしたの?ねぇ。」
「わ、わたし、自分のことが、わからない。」
ワタシハダレ?
彼女はまた倒れこんでしまいました。

どうしたらいいのか、考えてました。
この人、どうなるんだろ。
記憶喪失?
自分が自分のことをわからない。
あなたはだあれ?
あなたはわたし。
わたしは、さきゆうこ。
わたしの趣味は、カラオケ、読書。
最近、彼氏が浮気をした。にくい。別れたい。
でも、別れようとすると、ナイフをもって襲いかかる。
離れられない。殺したい。
彼氏の名前は、中村充。
今日の夜、彼はわたしと二人きりになる。
そのとき、わたしは彼を殺す。
憎いニクイにくい・・・
わたしはあなた。
さぁ、目覚めなさい。
さきさん、さきさん・・・

悪魔が私にささやいています。

「あの、わたし・・・」
そういうと、彼女は少し不安そうな顔をした。
「ここ、どこですか?わたし、、、」
どうやら、まだ意識がはっきりしていないらしい。
頭を押さえて、ぼーっとしている。
「ゆうこ、大丈夫?駅で倒れているのを親切な人がみつけて、
看病してくれたんだよ。ほら、もう少し横になってなさい。」
「はい。」
彼女は、少し安心したように、眠りについた。
私の胸のなかで、お休み。
ゆうこ・・・ちゃん。

目が覚めても、まだぼんやりしてる。
やはり、記憶をなくしてるんだな。
「ねぇ、ゆうこ、大丈夫?」
「う、うん。」
それでも、ゆうこは頭を押さえて、必死になにかを思いだそうとしていた。
「大丈夫だよ。すぐによくなるから。」
「うん、でも・・・」
「いいからいいから、わたしがいるから。
ね、ずっとふたりでがんばってきたんじゃない。」
「うん。」
ゆうこは、少し落ち着いたようだ。
ゆうこ、あなたは今から生まれ変わるのよ。

うまく、この子をだませそう。
本当にうまくいくのかしら。
きっと大丈夫。
あの子が目が覚めたとき、もう、あなたはあなたじゃなくなるのよ。

「ゆうこ?」
時計の針が7時を回るころ、ゆうこは起きてきました。
「気分はどう?」
「うん、いいみたい。」
「そう。それとね・・・」
「どうしたの?」
「うん、さっき、あなたの彼がやってくるって。」
「え?彼って?」
「ほら、忘れたの?あなたの顔をそんな風にした男よ。」
ゆうこは包帯を巻かれている自分の顔を手で覆った。
「きゃぁ。」
「あなた、もしかして、彼のこと覚えてないの?」

「あなたのことを、そんな風にしたオトコのことを・・・」

ふさぎ込むゆうこをみていると、なんだか自分のことをみているよう。
絶望したその気持ち。
心配しなくていいのよ。
ほんの少しだけ、あなたに絶望を分けてあげるだけだから。
すぐに逃がしてあげるわ。
あなたはかごの中の鳥。
わたしがつくってあげたかごの中で、できるだけ羽ばたきなさい。

「この、傷・・・」
「そうね、ゆうこにはショックが大きかったのね。
忘れてしまったようだけど、あなたはいつもあの男におわれていたわ。
あの男とわかれたあとも、ゆうこは執拗におわれてたの。覚えてないの?」
そういって私は手帳をゆうこにみせました。
「これ?」
「それはね、あなたが今までかいてきた日記よ。
ほら。」
そこには、ゆうこ自身の日記が乱雑にかかれていました。
こわい、たすけて、ひとりじゃどうしようもない・・・
「わたしがこれに気づいたのは、あなたがあいつに階段から突き落とされた後だったの。
もう少し早く気づいてやれれば、こんなことにはならなかったのに。」
「ううん、お姉ちゃんのせいじゃないよ。」
パラっと写真が一枚おちました。
「このひと・・こいつがわたしを。。。」
恨みなさい、もうすぐあなたの前に現れるその男を。

私がこの計画をおもいついたのは、本当に些細なことからでした。
そう、あれは推理小説が好きな兄が私にこういってきたのです。
「なぁ、ゆうこ。やっぱ犯罪って、やっちゃいけないって思うとやりたくなるよなぁ?」
「べつに。」
「うーん、でもさ、世間のやつらって、きっとテレビとかゲームとかに影響されて、
犯罪楽しんでると思うぜー。乱れまくってるからな、今。」
「そうだね。やっぱ、まずいよね、ああいうのって。」
「で、犯罪っていったら、やっぱ完全犯罪っしょ?無理っぽいけどさ。
でも、相手を完全に操ることができたらさ、そういうのもできそうじゃん。」
「そんなの無理にきまってるってば。もう、なーにゆってるんだか。」
「それがね、このまえ病院にいっててさ、記憶喪失って人がいたんだよ。
ああいう人をね、もし操ることができたらさ、現実にできそうじゃないか?」
「もう、そんなことばっかりゆって。だいたい記憶喪失の人なんか、
めったにいないじゃないの。」
「それもそうなんだけどな。」

兄のいうことは、いつも突拍子のないことばかりでした。
「なぁなぁ、このまえ俺がゆってたじゃん?」
「なに?」
「あれな、催眠術師とか、そういうのできそうじゃん?」
「だぁーかぁーらぁー、なにいってんのぉ?」
「ほらほら、この前の完全犯罪についてだよ。
あれさ、記憶喪失の人探すより、催眠術かけたほうが早くない?」
「もう、そんなことばっかり考えてるんだから。
もう少しさー、みんなに貢献するような、なんていうかなー、
ちゃんと今やらなきゃいけないこととかあるでしょ?
論文の提出、明日までじゃなかった?もう終わったの?」
「なんだよぉ、いいだろ。休憩だよ、きゅ・う・け・い。息抜きも必要なんだぞ。」
「そんなこといって、いっつも息抜きじゃない。」
「あーあ、それをいったらおしまいだ。」
「はい、おしまいおしまい。」
「おいおい。」
「それに、そんな簡単に催眠術なんてかかるわけないじゃない。」
「ちっちっちっ、あまいですよ、ゆうこくん。ちゃんと調べてあるんだな、これが。」
「なによー。」
「人間ってね、自分が潜在的に思っていることなら、催眠にかかりやすいんだってさ。
たとえば、クラスの人気者の子とかを好きになれーって思わせるのは簡単なんだってよ。」
「ふぅーん。」
「なに、橋の上で出会った二人が恋に落ちるあれみたいな感じ?」
「うーん、ま似てるといえば似てる、って感じかな。
怖いというどきどきと、恋のどきどきとを錯覚させるあれっしょ?」
「そうそう、それそれ。」
「ま、でも、催眠にさせるには、ある状況をつくらないといけないらしいんだよね。
問題は、殺人に関してはうまくいかないらしいしけど。」
「へーどういう状態?」

すり込み完了っと。

あなたはわたしのことを知らない。
わたしはあなたのことを知っている。
ううん、ゆうこのことをよくしっている。
あなたは私のかわり。
新しいゆうこを、わたしは近くでみせてもらうわ。
私の人生の一部を、いまだけあなたにあげる。
なんともいえない快感が、体中を覆いました。

思いこみ、人を殺すにはそれだけで十分だ。
包帯をする、その下には傷がある。
あとは、そのことをうまく言いくるめればいいだけ。
思いこみ、それだけで人は死んでしまう。
処刑台に座らされて、目隠しをされる。
ここでは、首をきられる。
そう思っただけで、首にものが触れただけで死んでしまう。
思いこみ、それは、あなた。。。
わたしが、そうなっていると、おもっている、から。

ゆうこは、少し興奮をしているようでした。
ブゥン・・・
外に車が止まったようです。
どうやら、彼がきたようです。
とうとうこのときが。
「ゆうこ、おちついてね。よく話しあうんだよ。」
そんなことは、しなくていいです。
早く、あいつを・・・

コンコン
わたしは、違う部屋にいました。
ゆうこは、扉をあけ、彼を中へ迎え入れました。
「ゆうこ、どうしたんだ?その顔!?」
彼は驚いていました。
「あなたが、わたしを突き落としたから。」
ゆうこは、わたしの身に起きたことを説明しておきました。
昨日、わたしは彼に階段から突き落とされました。
にやにや笑うあの顔が許せなかった。
充は少し歪んだ影を見せましたが、それでもいつものように、
「俺さぁ、明日大事な取引があるんだけど、スーツよれよれじゃん。
新しいのほしいんだよねー。だからさ。」
そういって、当たり前のように、ゆうこにお金をせびりました。
「アイツは、あなたのなにもかもを奪おうとしてたんだ。
だから、あいつにあなたをあわせたくないんだけど。。。」
少しずつ、話を組み立てていました。
ちょっとしたドラマの脚本家にでもなったような気分です。
あいつの行動で、ますますゆうこは私の言葉を信じます。

ドンッ

一瞬でした。
それは、とても短い出来事だったんですが、
私の中では、すごくスローな動きとして見えました。
ゆうこと充の体が近づいたかと思うと、すぐに体は離れ、
再び、ゆうこは充の体に密接しています。
二人の距離が広がるたびに、赤い滴が行き場を失いながらも、
わたしに、生命というものを感じさせてくれました。
充の目は、まだ生きていました。
それでも、体はいうことをきかないようで、
膝から崩れ落ちました。
「これで、おわりよ。」
ゆうこは、にぎっていたアイスピックを床に落としました。

おわった。
なにもかも終わった。
わたしが、充の視野にはいったとき、彼の顔が少しひきつったようにみえました。
「まだ、わたしのことが見えるのね。」
わたしは、充のそばに行き、ゆっくり頬をなぞりました。
「おやすみなさい。」
私に生気をすいとられたのか、そのまま充は動かなくなりました。
さて、あとはすべてをこのこに背負ってもらうだけ。
「もう、おしまいよ。あなた。」
ゆうこは首を横に振っています。
え?!
ゆうこは、サラサラ・・・と包帯をほどきました。
その顔には、子供のような無邪気な笑みがこぼれています。
わたしの時間はそこでとまりました。
どうやらわたしも充と同じ運命だったようです。
「さき・・ゆうこ、ね。きにいったわ。」
そういって、拾ったアイスピックで私の肩をさしました。
「あなたには、身元不明の死体になってもらうわ。」
私のももに、痛みが走りました。
「あなたのおかげで、しばらく身をかわせそうだわ。」
針の先が、額にふれているのがわかりました。
「バイバイ」

思いこみ、それはあなたの方だったのかもしれないわね。

ぐったりとした体が、今、持ち上げられました。
数カ所から、血がたらたら流れ出てます。
少しずつ、体が切断されているようです。
目からみえる光景は、まるでテレビでもみているような、
そんな感覚です。
もう、戻れないんだな、ということがやっとわかりました。
もうすぐ、目もみえなくなるようです。
刃が、もうすぐそばまで・・・
もう、なにもありません。
なにも、聞こえません。
残っているのは、あの子の最後の言葉だけです。

「あなたの人生、一部といわずに全てもらってあげるわ」

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