新世紀プラス

It is love that rules the world

愛こそが世界を支配する

「新世紀プラス」

目の前から光が消えるのがわかった。
今になって・・・
そして、俺は静かに崩れ落ちた。

「しんいちろう、早くおきなさい。何時だとおもってんの?」
がみがみがみがみ。たく、こっちは夜中遅くまでゲームやってんだよ。
「うるせぇ、ばばぁ。」
なんで、あんなうっせーかなぁ。
たまの休みなんだから、ゆっくりさせろよ。
「あんたは、いつもそんなことばっかりゆって、だれにたべさせてもらってんの?
ん?あんたなんか、なにもしないで、一日中ねて・・・」
ああああ、もう、うるせぇ。
ばばぁ、いい加減にしろよ。
近くにあったものをあいつに投げつけた。
そしたら、頭に命中しちまった。やべぇえな。あいつ倒れてるよ。
俺、一人になっちまった。

あのころも、こうだった。
俺は、一種のいじめというのにあっていた。
別になんとも思っていなかったけどね。
ある日、俺をいつもなぐってたやつのむなぐらをつかんだ。
たまたま、反射的にそうしたのかもしれない。
自然とそいつの顔をなぐってた。
すべてがスローで動き始めた。
翌日、ホームルームで俺について議論された。
放課後も、俺だけ残されて先生にごちゃごちゃゆわれた。
いじめられているだけならなにもいわないのに、けんかとなると話は別のようだ。
あのときから、俺は、人とかかわるのをやめたのかもしれない。

クラス単位で、文化祭の出し物の話し合いをしてることがあった。
となりの席の千里が会計係で、彼女がいない間にお金がなくなっていた。
なくなった=盗まれた、ということになった。
もちろん、盗んだ相手は俺ということになる。
ただでさえ、机が孤立していたのに、それからは、机の上には「泥棒」と、
まじっくで大きくかかれていた。
消しても消しても、新しく書き足されている。
いつのまにか、俺の居場所なんてなくなっていた。

とりあえず、親が入院している病院にいった。
お見舞いくらいしなきゃかなって、良心が命令する。
こんな俺でも、そんなものもちあわせているようだった。
ああ、それにしても最近親がいねーから、なんにもくってねぇ。
はらへったなぁ。
ちょっとふらふらしてたら、変なやつにぶつかった。
「ってぇな、ちゃんとまえみて歩けよ。」
て、ゆってる最中に、そいつは無視して歩いていった。
「おい、ちょっとまてよ。」
その女の肩をつかんだ。
「なによ、うるさいわねぇ。あなたがぶつかってきたんでしょ?
今わたし忙しいの。わかる?」
俺の手をふりほどいて、その女も病院の中にはいっていった。
「んだよ、あいつ。女じゃなかったらなぐってたぞ。」
いらいらしたのと、次のやつのせいでその時には気づかなかったけど、
あいつ、千里に似てたなぁ。
バンッ
ってぇ、なんだよ、次から次へと。
「へへへ。」
そいつは、ナイフらしきものを胸元から取り出そうとしてた。
こいつ、あぶねぇ。
どうみても学生っぽくないけど、学生服をきてた。
ありったけの力で、そいつをなぐっておいた。
そしたら、あいつ、俺の顔をみてにやってわらいやがった。
くそ、気分わるい。病院なんかにくるんじゃなかったな。

ピピッ
その場を離れようとしたとき、何か音がしたのがわかった。
なんだろう。いつもの俺なら、無視しているのに、どうも今日は無性に気になった。
あたりをみわたすと、豹柄のケータイがおちてた。
なんだ、ケータイかよ。
もらっておくか。そう思ったら、急に電話がなりだした。
「もしもし?」
「もしもし、あなただれよ。どうして私のケータイもってるのよ。
早く返しなさいよね。警察に訴えるわよ。」
う、なんだよ、こいつ。
「はい?これは、ここにおちてたんだよ。
俺がひろっておいてあげたんだ。感謝くらいしたらどうだ?」
しばらく、だまっていたけど、急に態度が変わった。
「ごめんなさい。その電話がないと、私仕事ができないの。
お願いだから返してもらえませんか?」
「いま、青山病院の入り口んとこいるから。わかる?」
「はい、今すぎいきます。まっていてください。」
戻ってきたのは、さっきの女だった。
「あー、やっぱりおまえかぁ。」

ちょっと喫茶店に入った。
話してるとなかなかいいやつみたい。
千里かと思ってたけど、別人だった。
「きみ、目つきわるいよぉ~。あと、人にぶつからないように歩かないと。
次はゆるしませんよぉ~。」
くすくすって、笑ってた。
うっせぇなぁ。こっちはわざわざ病院にきてやったんだよ。
それだけでもありがたいって思えよ。って、こいつには関係ないか。
「あー」
「どうしたのぉ?」
「しまった、面会時間おわっちまった。」
ぷっ、て二人でふきだしちゃった。
なんだかなぁ。久しぶりだな、この感じ。
「あ、そろそろ約束の時間。ごめんね、今から仕事がはいってるの。
また、運がよかったらあいましょう。」
なんか寂しいよな。
そう思いながら、おれはあいつと別れた。
ていうか、名前きいてないぞ。おれ。

「おーい・・・」
追いかけたけど、みあたらない。
どこにいったんだ?
タスケテ
ん?何か声が聞こえた気がする。
あたりを探しまわった。
どこにもいない。
俺の気のせいだったのかなぁ。
今日は、冷える。
空を見上げると、満月だった。
すべてを照らしだす。満月のとき、人間は凶悪な本能が目覚める。
この夜、同じ月の下で行われた犯罪も、きっと埋め込まれた本能によるものであったにちがいない。

創世記プラス

一人寂しく部屋にいると、なんだか無性に人恋しくなる。
あまり大きな家ではないが、一人だと十分すぎるほどな広さだ。
小さい頃は、ここには兄貴とおやじがまだいたんだ。
兄貴が車を運転中、よっぱらいが運転していたトラックに衝突されて・・・
おやじは車椅子なしには動けない体になり、兄貴は植物人間になった。
事故の後遺症っていうのは、その家族に大きな負担をかけた。
よっぱらい運転をしていた運転手は、そのとき保険にはいっていなくて、
俺たちには、全くお金がはいってこなかった。
おやじは職を失い、兄貴の入院費もかさむ一方だった。
車椅子のおやじなんて、そんなに簡単に職が決まるわけもなく、
結局はおかんに頼りっきりになった。
そう、あのころからだな、おれんちから笑顔がきえたのは。
両親は、いつもけんかをしていた。
おやじがいつも家中のものをひっくり返していたから。
俺には、なにもしてやることができなかった。
あのときは、もう俺は学校にいってなかったから、おやじが散らかした後かたづけをしていた。
でも、一度も俺には手をあげたりはしなかった。
いつも、俺には優しかった。
久しぶりに、兄貴の病院にお見舞いにいった。
兄貴は相変わらず、あーとかうーとかゆってた。
それをみてると、生きているのがとてもつらいことのように思えた。
俺は、そばにあった枕でそっと兄貴の口をふさいだ。
ふぐふぐってゆってたけど、次第に息はよわまりぐったりとした。
枕を除けると、兄貴は涙を流していた。
それは、俺に最後の別れをゆっているように思えた。
俺は兄貴を楽にさせたことを後悔はしていない。
家に戻ると、おやじの姿がなかった。
「おやじ?」
その日だけは、家の中はなにも異常がない。
全くあれている気配がない。
寝室をのぞいてみた。
おやじ
そこには、電気コードを首にまいて、ぶらさがっているおやじがいた。

明るい光。これはもしかしたら生きている証だったのかもしれない。
普段は何気なく感じている光も、ある日突然恐怖へと変わる。
俺を照らすな。俺をみつけるな。
あれは、ちょうど俺がテレビを見たときのことだった。
昨夜未明、東京都・・・の水野ちづるさん(21)が、・・・殺害されているのがみつかり、
警察では、・・・で言い争っていた・・・
あれ、こいつって昨日の。
ガンガン・・
扉をたたく音が聞こえた。
俺をさらに孤独にする音が。

「おまえだろ、おまえがやったんだろ?」
ちがう、おれじゃない。おれはなにもしらない。
「おまえ、被害者の写真を見たとき、驚いてたじゃないか。
昼間、おまえが被害者と言い争ってるのをみたという目撃者もいるんだ。」
あれは、違うんだ。きいてくれ。本当だ、おれじゃないんだ。
「黙秘か。だがな、警察はそんなに甘くないぞ。」
俺は、留置所にいれられた。
むなしい時間だけが過ぎる。
俺、このまま奈落の底へおちていくのかなぁ。
思えば、兄貴を殺したとき、つかまらなかったんだ。
その報いか。
つめたい部屋に横になると、これから先の自分を想像するのがとても怖くなった。
いやだ、だしてくれ。おれじゃない。おれじゃないんだ。
頭の中が、ぐるぐる回転し始めた。
あいつの顔、姿、出会った場所、出会った状況、あの日あった出来事をすべて思い出そうとした。
あの日、あったこと。
あの女、あのおとこ。あいつ。そういえば。
よく思い出せ、俺じゃないんだ。あいつだ。あいつ。
あいつが怪しいぞ。

俺は、弁護士にあのときのことを話した。
「本当に、きみはやってないんだな?」
やってない。神に誓って。
「とりあえず、その学生服の男を調べてみる。」
2、3日すると、俺は自宅に戻ることができた。
彼女が泊まっていたホテルのロビーに、俺がゆっていた服装のやつがいたらしい。
「ただいま。」
冷たい空気の中、俺の言葉はむなしく響く。
俺は、無実だ。
俺の思いとは裏腹に、俺はふつうに生活することはもうできなくなっていた。
PRURURURU・・・
「はい、もしもし。」
「人殺し。」
ガチャン・・・
PRURURU・・・
「はい。」
「しね。」
プップップ・・・
PRURURURU・・・PURURURURU・・・
あああ、気が狂う。
電話を部屋の隅にたたきつけた。
それでも、耳に残った電話の音が、まだ消えない。

いつからか、音のない世界というものがすごく心地いいものだとわかった。
なにもない世界。
俺の望んでいる世界。
窓のそばには寄ることもできない。
わからない。わからないけど、なにかにずっとみられているようなきがする。
感じるんだ。
ぞくぞく・・と背中に悪寒が走る。
へへ、へへへ。
俺、壊れていくのかな。
にーちゃん、おれ、もうひとりぼっちなのかな。
あのとき、俺、どうしようもなかったんだよ。
ねぇ、にいちゃん、助けてくれよ。お願いだから。
ねー、ねー。
壊れたステレオのように、俺は繰り返しつぶやいていた。

犯罪者。
このレッテルは、いままでにも何度もつけられた。
学生時代から、もしかしたら、もっと前から?
俺が生まれてくるまえから?
いつからだろう。近所では、俺のことを不良と呼ぶようになった。
「ほら、山本さんちの不良息子、こんな時間にまだ家のまえを通ってるわ。」
ひそひそと声が聞こえてくる。
でも、その声にはなれた。
いい子って、なに?
規則通りに生きていれば、おまえたちは満足なんだろ?
俺のような異端児、おまえたちからみたら不良だろう。
いつしか、俺は自分をふつうではないと思いこもうとしていた。
昼間も夜も関係なくふらふらしていた。
そんななか、一人の男性にであった。

「おい、そこのきみ、ちょっと顔をみせて。」
そういうと、冷たい視線で俺の動きをとめた。
その男のところへいけと、体が命令した。
「へー、きみ、過去にひどい経験をもってるね。」
俺はこういうことは全く聞き入れようとは思わない。
そして、俺の目をじっとみつめた。
まるで、目から俺の体の中にもぐりこむような感じだ。
「人、殺してるな。」
その言葉を聞いても、俺は反応しなかった。いや、しないように心がけた。
不気味な笑みを浮かべて、俺のほうをみてる。
「きみは、今なにがしたい?」
そういわれても、なにも答えられない。
なにもみつからない。ただ不毛に時間を使っているだけだ。
「生き甲斐なんて、ない、か。それもまたよし。」
俺にあきたかのように、しっしっと手をふり、いすに腰をかけている。
・・・ニンギョウメ
かすかな声が聞こえた。
確かにこう聞こえたきがする。
俺は、その場から動くことができなくなった。
俺は、生きていないのか。

いじめられた、俺の人生どうしてこんな風になったんだ?
そんなことは思ったりしなかった。
ただ、生きていた。生きている。そのことに関して何も思わない。
当たり前だ、自分のことを人形だと誰が考えるだろう。
俺、なんで生きているんだ。
ぼそっと囁いたその言葉には、今のおれのすべてを物語っていた。
「生きる証か?」
あきたおもちゃに再び戯れようと、男が身を乗り出した。
「ちょっとこっちにくるか?」
後を歩いていくと、小さなバーについた。
「あら、ゆーちゃん久しぶり。」
バーのままっぽい人が何か話している。
「いいから、おまえもこっちこいよ。」
そうやって、奥の部屋に通された。
「俺もな、昔おまえみたいな人形だったんだよ。」
ゆーちゃんと呼ばれた人は、イスにすわると、たばこをくわえた。
「ああ、そういえば名前をゆってなかったな、俺の名前は、ゆーじ。
ここら辺では、そう呼ばれている。」

「人の生き死ににかかわるとな、人間良くも悪くもかわっちまうもんだよ。」
ゆうじって人は、どうやら俺と同じ経験をしているらしい。
ということは、この人も人殺しか?
よれよれの服を着て、無精ひげを生やしている、みるからに怪しい。
「おまえ、どうしんだ、俺にゆってみろ。」
その人の目を見たとき、一瞬やさしい気持ちにさせられた。
なんなんだ、この人。悪い人じゃないみたいだな。
「俺、実は・・・」
兄貴のこと、おやじのこと、すべてをはなした。
「そうか。」
ゆうじさんは、ビールをごくごく飲むと目を細めてはなし始めた。
「おまえも大変だったんだな。」
久しぶりに、胸のあたりにぐっとくるものがあった。

ゆうじさんは、自分のことを話し始めた。
「俺はな、前、自分の生きた証というのを探してたんだ。
ただ普通にだらだら生きてる奴らには、わからないだろうが、
一度死と隣り合わせになると、生きることの価値を理解するんだ。
俺はな、生死をさまよったんだ。」
ある、雪の降る夜、薄くらい病院に向かう。
さくっさくっと、雪の道を歩く。
静かにこの男が頭に響いた。
昼間から降り始めた雪は、たそがれが光を隠す頃には、
足下くらいまでつもっていただろう。
途中、立ち止まり、空を見上げる。
このまま、雪にすべてをうめてもらいたい・・・
しかし、そんなことはかなわない。
うまくたってさえいられなかった。
足ががくがくしていた。
すべてがおわるとわかっていて、それを素直にうけいれられない。
死というものから、目をそらす。
おれたち人間っていうのは、そういうものだ。

人が死ぬことなんて、意外とあっさりしてる。
ふつうは、死なんて口に出すことはあっても、身近に感じることはないだろう。
事故や病気でなければ、寿命が絶えるまで死なないと思っているからな。
いや、いつかは死ぬとわかっていても、それは受け入れないものだ。
その日、俺は死と隣り合わせにいた。
いや、もう死んだものと思っていた。
だから、自分からその場所に行くことにしたんだ。
そこでは、命というものが、ゲームで死ぬように、消滅していた。
最初は、怖かった。足がふるえて、その場から動けないくらいに。
でも、次々と人が、人の形をなさなくなっていくと、それに慣れてしまった。
つまり、俺もゲームというフレームを通して、その場にいるような気になった。
いつの間にか震えもおさまった。
ちょっとだけほかのやつよりよかったことは、そのとき俺が死を受け入れていたことだろう。

俺は、その日が自分の最後だと思っていたからな。
実際、俺はせいぜい生きてもその日までといわれていたんだ。
親もちゃんとそのことは認めた。
いや、俺が無理矢理聞き出したんだ。
体が軽くなった気がするよ。最後に本当のことを教えてくれたんだから。
ゲームは、俺は無敗だった。
「だから、今の俺があるんだよ。」
ゆうじさんは、グラスにはいった液体を一気に飲み干した。
「俺は、そこで人の心をみる力を得たのかもしれない。
もしかしたら、そこで出会った人のせいかもしれない。
だから、おまえのことはすぐにわかった。陰を背負っていたからな。」

「あの、ちょっといいですか?」
「ん、なんだ?」
「ゆうじさんは、その日、そのゲームをしてた日ですか、
死ぬはずだったんでしょ?えっと、どうして、あの、生きているんですか?」
ゆうじさんは、俺の目をのぞきこんで、こういった。
「運命のいたずらだな。」
そう、俺の体は、もういつ死んでもおかしくなかった。
あの業火に焼かれて、身も心もすべて消え去るはずだった。
出口がふさがれた扉のなかで、居城はもろくも崩れ去ろうとしていた。
灰が部屋の中にくすぶり、うごめく虫のような生命体を包み込むように。
そのとき、俺とゲームをしていた、佐木という人が救ってくれた。
あの場にいた人は、もうちりちりと体をやかれ、煙で意識がなかっただろう。
でも、俺はこの場所からでても助かることはないんだ。
気がついたら、病院のベッドの上だった。
体は全然異常がないらしい。病気のあとも全くなくなっていた。
もしかしたら、今までのことはすべて夢だったのかもしれない。
そうだ、あれは夢だ、あんなことが日常で起こるはずがない。
人が殺されたり、そういったこと。あはは、変な夢をみたものだ。
楽観的に思考が落ち着いたところで、俺は納得していた。
しかし枕元に、一枚の名刺がおいてあった。

電話番号がかかれていたので、とりあえず電話をしてみた。
「はぁーい、ああきみか。どう、元気になったぁ?」
電話の向こうから、女の子の声が聞こえてきた。
「ふふ、じゃ、いまからそっちにいくから、まっててね!」
5分もしないうちに、あの綺麗な女性がやってきた。
くすくすっと笑う女性は、モデルかなにかのように、とても美しくみえた。
そういえば、あの時は緊張してたからなぁ。
「きみ、ぼくの会社にはいるきなぁい?」
会社といっても、なにをしたらいいかなんてわかんないし。
「大丈夫、きみ、人生がなんであるかわかる?ぼくのため。
て、ちがうってば。このよのなか、主役とエキストラでできてるの。
ま、ぼくの会社でいうなら、やっぱりぼくが主役ってことかな?
きみ、そういえば、生きてる証がどうとかゆってたよね。
そんなこと考える暇があったら、子供つくってみたら?
これも、一つの証だと思うよ。」
今、そうゆわれてもなぁ。いま、生きてることが、生きてる証のようなきがしてきたし。
「あ、いまきみ、俺はいま生きてることが、その証だぁ、なんて思ってるんじゃないの?」
くすくすと笑われてしまった。こんな美人に近くで話かけられたことがなかったので、 すごくどきどきした。
そんな心の奥を見透かされているかのように、女性はいった。
「このまえは、名前をいわなかったけど、ぼくのなまえは、さきゆうこぉ。
きみ、センスあると思うよ。一緒にはたらかなぁい♪」
そうやって、俺に話しかけてきてたけど、
「あ、時間だ。まったねー。絶対電話するんだよぉ。きみは、もうぼくのエキストラ♪」
がちゃんと、扉がしまった。
なんていうか、台風が通り過ぎたような。
でも、後にはさわやかな香りが・・・
そこから、俺の第2の人生がスタートしたんだ。

「そういうわけでね、俺のエキストラ人生が始まったんだよ。」
「はぁ。」
「そうそう、もうすぐな、その美人女優がここにくるんだよ。」
ゆーじさんは、なんか顔がにやって笑ってる。気持ち悪いな。
だいたいエキストラなんて、やってておもしろいわけがない。
要は脇役ってことだろ?
「エキストラもな、見方を変えれば、主役のような気分なんだよ。」
そういって、俺に体験談を話し始めた。
最初は、馬鹿にして聞いていた話も、
終わりに近づくにつれて、その話に引き込まれてしまった。
なんだか、自分もその話の中に入り込んでしまったようで、
興奮が冷めない。体中がアツイ。
「どうだ、これは一つのチームなんだよ。
役割は違うが、一つ一つが特別なんだ。」
俺も、そんなことができたらな・・・
「おまえ、そんなにやりたいんなら、佐木さんに紹介してやろうか?」
ごくごくとのどをならしてお酒を飲み干した。
「はい、おねがいします。」

美しい女性が店の中にはいってきたのは、少したってからだった。
「ぅん~ん、疲れちゃったよ。今日もよく働いたよぉ。」
席に着くといつものね?と、すぐに注文した。
1、2分もしないうちに、すぐにお酒が運ばれてきた。
「ふぅ~、おいしい。やっぱ、労働のあとのお酒はおいしいねぇ。」
ホント、おいしそうにお酒のむよな、この人。
「ところで、この子はどうしたのぉ?」
「あ、佐木さんに紹介しようと思って。
こいつも、エキストラやりたいらしいんですよ。」
「ども。」と、軽く会釈しておいた。
それにしても、ほんと綺麗な人だな。
「うーん、どうしようかなぁ。この子、センスあるのかなぁ?」
「大丈夫みたいですよ、こいつ俺と同じにおいがするんで。」
「そういうことじゃなくてね、ちゃんと理解してるの?あの仕事。」
そういうと、佐木さんは、俺の顔をじっとみつめた。
「きみ、死ぬかもしれないよ。」
その言葉が、今ままでずっと胸に残っていた。
まさか、本当にそんな日がくるとは思っていなかったのに。

俺は、ある仕事に参加させてもらった。
これが、最初で最後の仕事。
俺たちがやることっていったら、佐木さんが書いた台詞を覚えるだけ。
しかも、何の意味があるかは、俺にはさっぱりわからない。
「こんな短い言葉に何か意味あるんですか?」
ふと思った。
「あるんだよ。」
ゆうじさんが、少し強い口調でいった。
「これはな、全体としては、ほんの少しかもしれないが、
この一つひとつは、とても重要な仕事なんだよ。
どの仕事一つをしくじっても、この仕事はなりたたないんだ。
たとえばな、ここ、このページがあるだろ?
ここで、店員は、ターゲットに、自分が嘘の証言をしたことを告げてるだろ?
そのあと、ターゲットは、ある場所へ行こうとする。
そのとき、どのタイミングで、車がぶつかるか、そういうのが大事なんだ。
ここで、彼をくるまではねる。
そこで、俺たちの物語は終わりなんだよ。」
「え、そのあとどうなるんですか?」
「そのあとは、依頼者が、そいつ本人にとどめを刺すのか、
それとも、車にひかれた時点で、死んでしまうか。
そこまでは、わからない。
でも、そこまでが、俺たちの仕事なんだよ。」
「依頼者がいるってことは、この人恨まれてるんですか?」
「そうだ。こいつは悪いやつなんだ。無実の罪の人を冤罪で逮捕したらしい。
逮捕された人は、自殺したそうだ。その身内の人じゃなかったかな、今回の依頼人。」
「そうなんですか。」
「そうだ、そういった人の力になるのが、俺たちなんだ。
でも、俺たちだって、ちょっとしくじれば捕まることになる。
そこを完璧にこなすのが、この作品の中で重要なことなんだよ。」
「へぇ。」
「だからな、おまえがもし失敗すれば、きっとおまえの命取りになるぞ。」
「そんなおどかさないでくださいよ。」
ほんとに。。。

俺は、大役をもらった。
というか、ゆうじさんがそういってただけだけど。
「新しく入ったやつはな、試されるんだ。
その試験に合格すれば、きっとこれからも大丈夫だろう。
でも、この試験はそんな簡単なものじゃない。
頭のよさなんか関係ない。これは、人生そのものを試されることになる。
これに耐えられれば、きっとおまえの人生も新しいものとなるはずだ。
耐えられなかったら、、、」
「なんですか?」
「それは、楽しみにしとくんだな。」
「なにに耐えるかよくわからないんですけど。」
「簡単にいったら、その人その人がもつ運だよ。」
「運?」
「そう、運だ。そして、それが俺たちを審査する試験でもある。
といっても、俺は受かったけどな。」
なんだかどきどきしてきたぞ。
「で、俺の大役って、なにをすればいいんすか?」
「最後に、車でターゲットを引くだけだ。」
「え?」
「一番最後、幕をしめる役。」
「違いますよ、俺、車の免許なんてもってないんですよ?」
「そんなことは問題じゃない。大丈夫だ。」
「はぁ。」
「これが、おまえの試験だからな。おまえの意志が、おまえの将来をにぎっているんだ。」

俺は、一つ一つこなしていった。
台詞はほとんど簡単なものだった。
その台詞を、一月も前から覚えるんだ。
さすがの俺も、完璧だった。
なんだか、どきどきして眠れなかった。
夜、暗闇のなか、目を覚ましていること。
それは、あの犯罪者のレッテルをはられて、家にひっそりと潜んでいた時以来だ。
でも、あのときとは、違う。
俺は、本当の犯罪者になろうとしているんだ。
興奮して眠れない。
それでも、俺は進む。
あと少しの俺の命を燃やすために。。。

台詞は滞りなく終わっていった。
俺に残されたのは、最後のシーン。
台本には、たった一言かかれているだけだった。
店員から、電話をもらったDは、ターゲットに向かって車を走らせる
一番困ったのは、車の運転だ。
ゆうじさんが、これ、といって、一台用意してくれていた。
「オートマだから、簡単簡単。」
それだけいうと、帰っていってしまった。
カートはのったことあるけど、、、本当に大丈夫か?
PRURURURU・・・
そう思っている時、電話のベルがなった。
「もしもし?」
「はい。」
「こちら店員、ターゲットが動き出しました。」

ドクン・・・ドクン・・・
待っている時間、心臓が張り裂けそうだった。
エンジンがガルルルとうなっている。
ハンドルをもつ手も、ガクガクふるえてる。
そのふるえが、全身を覆い尽くし、足までもブルブルふるえてる。
これじゃ、運転できねぇ。
待ってる間、足を、ガンガンなぐった。
ターゲットろっくおん。
この時間、この道を通るのは、ターゲットだけ。
予定どおり。
最後に、佐木さんからのGO!の合図。
それとともに、俺の足がおもいっきりアクセルを踏みつけた。
ギュルルル・・・と車はターゲットに向かいつっこんでいく。
「うう。」
一瞬俺はためらった。少し、ブレーキを踏んでいた。
それでも、ターゲットの体は宙を舞い、フロントガラスを越え、
後ろの方にころがっていった。
途中、ターゲットと、目があったような錯覚にさえ陥ってしまった。
佐木さんの合図で、通行人も通り始めた。
俺は、このまま帰るだけ。
これで終わり。
まだ、全身のふるえが止まらない。

ずいぶん、ふるえがおさまらなかった。
興奮して、目がギラギラしてる。
やっと気持ちが落ち着いてきたのは、3日たってからのことだ。
「どうだった?」
ゆうじさんが、おれの様子をみにきた。
「はい、なんていうか、すごいです。
自分が、ドラマの一部をみてるだけなきがするんですけど、
あれって、本当に俺がやったんですよね?」
「そうだ。あとは、おまえの運次第。」
「なんか、すげぇ衝撃受けました。まだ、言葉に表せないんすけど。」
「まぁ、そう焦るなよ。」
「はい・・・」
「それじゃあな。」
これが、ゆうじさんとの最後の会話。

体調もよくなった。久しぶりにおかんに会いに行くことにした。
そういえば、ずいぶんたつなぁ。
病室を訪れると、おかんは元気になってるようだ。
知らないおじさんと話をしていた。
「めずらしいわね、しんちゃんがくるの。」
「うるせーなぁ、俺が原因なんだか、少しは心配するだろ。」
「このこったら。」
いつのまにか、さっきまでいたおじさんはいなくなってた。
「そういえば、さっきの人は?」
「ああ、なんか、しんちゃんににてたから話相手になってもらってたよ。
車椅子をみるとおやじを思い出す。
「あら、しんちゃんも?わたしもそう思った。ちゃんと挨拶するんだよ。」
「わかった。」

ちょこちょこ病院にいくようになった。
なんとなく、懐かしい感じがした。
病院じゃなく、あのおじさんにかもしれない。
おやじとおなじような、車椅子姿をみると、
なぜか胸がいたくなってくる。
「どうっすか?体調よくなりそうっすか?
そういうの、やっぱリハビリとかするんでしょ?」
「まぁね、結構疲れるからね。徐々に徐々に。」
「そうっすか、早くよくなるといいっすね。」
俺はなにもすることがない。
まだ、佐木さんから次の件についての連絡もない。
そろそろ1ヶ月たつ。
おかんも、そろそろ退院だな。
「ほんと、早くよくなるといいっすね。」
はははと笑い声がこだました。

今日で、おかんも退院かぁ。
「しんいちろう、荷物もってきて。」
おかんは、元気になると、人使いが荒くなる。
「なんで、俺が持つんだよ。」
「病人をいたわる気持ちはないの?ほんとに・・・」
もう病人じゃねーだろ?と叫びたくなったが、ま、退院するんだから、
と、なんとかぐっと耐えてみた。
「しーらなーい。あ、俺ちょっとおじさんとこいってくるわ。
もう、最後だし。」
「そう?ほんとに、そんなふうにはぐらかせて。
ここおいとくからね。おわったらちゃんともって帰るんだよ?」
ったくうるせぇばばーだ。
「わぁーったよ。」
もうすでに、俺は引き返せない場所にいたんだ。

廊下へでる。
おじさんの部屋は、突き当たりを右に曲がったすぐの部屋。
病院って、ほんと不思議なところだなぁって、
あたりをみながら思った。
このにおいは、ちょっときついな。
さて、今日のめしはなにかな?
あ、いたいた。
「こんにち・・・は。」今日で、最後なんですよ???
体中に、痛みが走った。
おじさんが、立ち上がり、俺の胸にナイフを突き刺してきた。
な、なんで・・・
おじさん・・・「なに、してるんすか?」
どうなってるんすか?
体中がいっきに冷たくなったきがする。
ぶるぶるとふるえが起こった。
「おまえが、ちづるをやったんだろう?」
おじさんが口にした名前。
それは、俺と一緒にドラマをしていた人の名前??
でも、あの人は・・・
俺じゃない、俺じゃない。
そう思っても、おじさんには届かない。
「もう、遅いんだ。」
おじさんが握っているナイフが俺の首に触れた。
全体重をのせて、おれに倒れ込んできた。
そのとき、おれの目の前から光が消えるのがわかった。
一瞬にして、電気が消える。暗闇に包まれる。
おじさんは、もしかして・・・俺が最後に、車で、ひいた、ひと・・
どうして、今になって。
力がはいらない。
そして、俺は静かに崩れ落ちた。

もう、動けない。
魂が体から離れていくような気がする。
ゆっくりと自分の姿をみることができた。
おれ、しぬのか。
兄貴を殺した罰か?
ウンメイダヨ
兄貴?
そばには、兄貴と親父がいた。
そう、おまえは、自分の運命に負けたんだ。
「運だよ。」
ゆうじさんの言葉が頭の中で響いた。
生きるやつは生きる、死ぬやつはどこにいても死ぬ。
周りの景色が、少しずつ揺らいでいく。
おじさんは、自分の胸にナイフをさしている。
赤い血潮が部屋を染めている。
あいつも、自分の背負った命が燃え尽きたんだ。
あにき、おれ・・・
ふりむくと、もうだれもいなかった。
そうか、ようやくわかったよ。
俺の試験。
あのとき、おじさんを車で引こうとしたとき、俺は躊躇した。
あそこで、アクセルを踏みしめていられなかったから、
だから、おじさんは生きて・・・
全てが、明るい光につつまれ始めた。
なんとなく、暖かいぬくもりを感じる。
さようなら。

新世紀プラス編 完

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