美しき世界

あの鐘が鳴ったら、この地を離れよう

私が育ったブルターニ地方は、木々に囲まれている。
領地の中には小川も流れ、鳥や動物も往き来する。
私は、幼い頃からずっとこの地を離れたことがない。
この広い世界を目にすることなく、私は年老いてしまった。
私の家系は、代々王族から授かったこの地を治めてきた。
見渡す限り、美しい緑に囲まれたこの地を、
私は好んでいたことも事実だった。
ただ、できることならば、この森を越えた世界を一目みることができたなら、
どんなに此の地が美しき世界かわかることだろう。

私の父は、病に冒され、床にふせておられた。
私が小さい頃から、父は寝たきりで、
閑散とした広間で一人、食事をとったものだ。
父は、私に、「この地を護っていくのだぞ。」と、
小さい頃からこう言われ続けた。
我が領地である、セリーヌ川周辺は、とても静かなところであった。
ただ、鳥のさえずりや小川のせせらぎが、
どんな有名な楽曲を奏でるよりも胸を躍らせた。
自然のオーケストラは、心の奥深くまで安らぎを与えてくれる。
木々は青々と茂り、私の行く手を阻んできた。

「あの先にはなにがあるんだろう?」
そんな疑問が私の中で膨らんでいく。
そして、これは唯一答えをみつけることができなかった疑問である。
私が此の地を治める日がきた。
父は、部屋中に日の光が射し込むようにと、
大きな窓を取り付けさせていた。
当時、王国では窓税が設けられ、どの領地でも窓を減らし、
代わりに風景画を飾るものが増えた。
しかし、我が領地には、外の世界とは無縁であった。
父は、此の地で生を受け、そして最後まで此の地からでることはなかった。

父の遺品を整理していると、一枚の絵がでてきた。
それは、若い男性と髪の長い女性が微笑んでいるものだった。
「こっちの若い男性は、父だな。」
どことなく、面影が残っている。
「こちらの女性は誰だろう。お母様じゃないみたいだけど。」
そう思いながらも、私は父の机のにしまい込んだ。
カチャっと音がした。
机の中には、銀でできた美しい細工の入ったペンダントがあった。
その細工は、まだ未完成であるのがわかった。
私は、父のことをあまりにも知らないことを知った。

月並みな生活は、私に老いを与えた。
もう、父と同じだけの生を過ごしただろう。
私は、あのときの父と同じように、
大きな部屋で横になっている。
壁に飾られてある、お母様の肖像画。
私の記憶には、ほとんど残ってはいないが、
この絵をみていると優しさに包まれる。
「お父様、森へ行って来ます。」
此の地で伸び伸びと育った私の息子も、
此の地からでることを許されていない。
私は、彼にはなにもいってはいないが、
彼は感じているのだろう。
『この地を離れられない』ということを。

美しき世界

父はいつもガラス越しに森を見ている。
いや、森の奥にうっすらと見える教会を、だ。
私は父に知られないように、こっそりとあの教会まで出かけている。
そう、これから教会へ出かけるとこだ。
ガシャン
部屋をでて広間に向かうと、花瓶が割れていた。
「すみません、おぼっちゃま。ただいま掃除いたします。」
「スミスが花瓶を割るなんて珍しいな。」
執事は割れた破片を集めている。
「ちょっと出かけてくる。」
「かしこまりました。」
コンコンコン・・・
重い音が扉の向こうから聞こえてくる。
ガチャリと扉を開けると、アラン氏が立っていた。
彼は一礼をすると、屋敷のなかに入ってきた。
外は黒い雲に覆われていた。

私はある場所に向かっている。
それは、ある人に会いに行くためである。
今までみていた景色も、私には見えなくなっている。
唯見えるは、深い森の終わりを知らせる、あの教会だけだった。
何かが私を狂わせる。
森の奥へと引き込まれていった。

「こんにちわ。」
熟れた太陽を背に、彼女は座っていた。
「今日も、お花を摘んでるんですか。」
彼女は、一輪のバラの花を見せてくれた。
「まるで、あなたみたい。」
そういうと、彼女はバラをその場にそっとおいた。
私は、彼女のいう意味が分からなかったが、
何か不思議な気分になった。
私はバラを手に取った。
「良い香りですね。」
チクリと痛みが走った。
バラのように真っ赤な血が、私の指から流れ落ちた。

「大丈夫?」
彼女は、そっと私の指をとり、血を吸い出した。
・・・
私は、森を歩いていた。
そう、この森で一番大きなあの木に登るために。
そこから、この森すべてをみることができると思った。
沈まない太陽でさえも。。。
しかし、私は途中までしか登ることはできなかった。
なぜなら、大木の枝は、私を支えられるほど頑丈なものではなかった。
うっ
気がつくと、私の足は動かなかった。
私は身動きがとれず、その場で眠りについた。
目が覚めると、私の体の切り傷が手当てされているのがわかった。
ただ、微かに優しい香りが残っていた。

それから、毎日私は森を歩くようになった。
しばらくして、ふっとあの香りを感じた。
懐かしい匂いをたどると、そこにはきみがいた。
記憶の片隅にある、いつかの夕暮れに、
私はなにを見つけたのだろう。
いま、きみがわらってる。

「どうかしましたか?」
彼女の瞳から涙がこぼれたような気がした。
「あ、雨。」
暗い雲に覆われ、雨が降り始めた。
「送りましょうか?」
彼女の手に触れようとしたが、そっと手を払われた。
「ごめんなさい。」
そういうと、少し悲しそうな顔をしている。
彼女は、ゆっくり立ち上がると、
杖を手に取り、教会の中へと歩いていった。
そう、彼女には片足がなかったのだ。

わたしには、決意したことがある。
それは・・・

雨がひどくなった。
私は急いで屋敷に戻ることにした。
激しい雨が私に襲いかかる。
はっきりと前がみえない。
「ガサガサ」
森の中から微かに音がした。
「うわーーーーー」
ゴロゴロと何かが転がり落ちてきた。
「ひと・・・なのか?」
しばらくすると、泥まみれになったそれは、動き出した。
「っつ、死ぬかと思ったな。うん。
おっ、人がいる。助かった。」
そういうと、男はハンカチを取り出し泥ぬぐっている。
少し白髪交じりのその男は、コートから紙切れを出した。
「きみ、ドナルドさんをご存じかな?
この森を抜け出たところにあると聞いたんだが、
ほらこの通り、迷ってしまってね。
これが、その地図なんだが・・・」
彼の出した紙切れは、すでに雨でぐしゃぐしゃになっていた。
「こりゃ失礼。これじゃどうしようもないな。」
「私が案内しましょう。すぐそばですので。」
そういうと、男はすっかり上機嫌になった。
「おお、これは助かった。神様が見守ってくれているのでしょう。
ああ、失礼、私の名前は、ロメオといいます。」
そういって、彼は私の手をつかみ、ぶんぶん振り回した。
いたっ
「おお、すまんすまん。」
そういって彼はすぐに手を離した。
彼のつけていた指輪が、私の手を傷つけたのだ。
血が雨ににじんでいる。
ふと、あの子を思いだした。
「あと、どのくらいかな。」
ロメオはコートで体を包む仕草をし、
寒いというジェスチャーをしてみせた。
「あと少しです。」
こうして、私たちは屋敷に到着したのである。

・・・
名前は、リブ
そう、生きるっていう意味があるの
ここにいる理由?
おばあさまが、この教会に住んでらしたの
今はもう・・・
だから、この教会の鐘がなるなんてことはないわ
そう、あなたはあの屋敷のかたですか
・・・そして彼女は悲しい眼をした。
「スミス、お客人だ。」
ロメオの荷物をとり、奥へ案内した。
わたしは、少し疲れたので、部屋に戻ることにした。

食事の準備が整い、広間はにぎやかになった。
珍しく、スミスが右手に包帯を巻いている。
「大丈夫か?」
父は、スミスに気を使っているようだ。
「どうなされたのですか?」
ロメオがいぶかしげに眺めていた。
「花瓶でやったんだろ。」
仏頂面をしたアランがつぶやいた。
「はい、申し訳ございませんでした。」
執事は、深々と頭を下げて、食事の準備をした。
「珍しい。」
わたしは、ぽつりとつぶやいた。

「みなさん、食事は楽しんでもらえたかな?」
長いテーブルの上には、肉や野菜や魚など、
あらゆる食材を使った料理が蝋燭に照らし出されている。
「ここで、ちょっとしたゲームをしてみようと思う。」
父がそういうと、スミスは各一枚ずつ封筒と紙切れとペンを手渡した。
「うむ。それでは、みなさんに自分の好きなことを書いてもらいたい。」
アランが、ペンをとり、
「なんでもいいんだな?」
というと、父は軽くうなずいた。
「あなた達が思うことはなんでも書くことができる。」
そういうと、スミスも席に着き、何か書き始めた。
私も、今一番強く思っていることを書いた。
「さあ、書き終わったら誰にもみられないように封筒に入れなさい。」
そういって、私たちの顔を一人ずつ見渡した。
「さて、みなさん書き終えたようですね。」
父が頷くと、スミスがすべての封筒を集め始めた。

「まずは、スミスの心を読んでみよう。」
そういうと、父は眉間に指を当てて真面目な顔つきになった。
封をしたままの封筒にそっと手をふれた。
「うむ、おまえはこの屋敷にずっといたいようだな。」
スミスは、少し驚いた顔をした。
父は、彼の顔をみて、封筒から紙切れを取り出して、確認した。
「うむ。その通りのようだな。次は・・・アラン。」
そういうと、アランの書いた書き込みをぴたりと言い当てた。
「次は、わが息子の心の中をのぞいてみよう。」
すると、父は私の顔をみて、軽く頷いた。
「これは、人前でいうことではないな。」
そういって、私の紙を開き、その場に伏せた。
父は、すべてを言い当てていた。
「さて、ここで問題だが、私がどうしてあなた達の心の中を、
かいま見ることができたか、その理由がわかったものは、私の部屋にきなさい。
そこで、私からの君たちへのプレゼントを用意している。」
そういうと、父は軽くウインクをした。
「ちょっと疲れたようだ。私は部屋に戻らさせてもらうよ。
鍵は、このテーブルの上においておく。わかったものから順次、
その鍵をもって私の部屋にきなさい。」
そういうと、スミスは、自分の鍵をテーブルの上に置いた。

くっくっく
こんなに簡単に鍵が手に入るなんて、なんて楽な仕事だ
ギギギ・・・
おお、この鍵はこの部屋の鍵か
ガタンガタン・・・
引き出しの中から銀のペンダントを発見した。
・・
ん?ちっ誰か近づいてきてやがるな
カチリ(ロック)
・・・

「ロメオさんは、答えがわかりましたか?」
わたしは、回廊をいくロメオに話しかけた。
「いやー、さっぱりです。ドナルドさんもおもしろい方ですね。
これで・・・」
「え?なんですか?」
「いえ、なんでもありません。」
そういって、ロメオは部屋へと戻っていった。
私もやらないといけないことがある。
それにしても、アツイな。
体中の血が、煮えたぎっているような感じだ。
・・・あなたならできるわ。

ギギギ・・・
その扉がゆっくりと開いた。
「一番に答えがわかったものは、誰かな?」
ベッドの上に横になっていた父は、扉に眼をやった。
次の瞬間、父の視界は、羽毛が詰まった枕でふさがれていた。
う・ううう・・・んぐっ
口の中に、羽毛が吸い込まれ、呼吸ができなくなっていった。
(な、なぜ・・・)
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
肩が上下に揺れている。
父の体がぴくりとも動かないことを確認すると、
男は、父を隣の部屋に運び出した。
「これでいいんだ。」
そういうと、父のそばに蝋燭をともした。
うっすらと広がる光は、ゆらゆらと父の顔を浮かび上がらせる。
部屋を出ようとした男は、鍵がなくなったことにようやく気がついた。
(どこだ、どこに落とした?)
父の体を調べてみたが、どこにも鍵はなかった。
(しまった・・・)
男は、仕方がなく、その場を後にした。

ごおごおと激しく音をたてて燃え上がる。
父の部屋だった。
「ドナルドさん!大丈夫ですか?」
部屋から煙が出ているのを発見したのはロメオだった。
彼は、ドアノブをガチャガチャと回したが、
鍵がかかっていた。
「畜生。ドナルドさん!!」
そこに、スミスがやってきた。
「旦那様!」
「スミス、鍵がかかっている。鍵を開けてくれ。」
「鍵は、テーブルにおいたものが唯一のものです。
取りに行って参ります。」
「いや、まて、そんな時間はない。」
そういうと、ロメオは扉に体当たりをした。
ガン・・ガン・・・ガンッ
火の気は、明らかに寝室の隣の部屋であった。
「ドナルドさん!」
轟々と燃え上がるその火炎のそばに、
父の死体が転がっていた。
そう、彼の胸に一本のナイフが突き刺さっていたのだ。

「何の騒ぎですか?」
後から駆けつけた、わたしは彼らに尋ねた。
アランも遅れてやってきた。
「お父様!?」
私は、無惨にもナイフが突き刺さった父の躯を直視することができなかった。
「ん?」
ロメオが、父のそばにいくと、一輪の鍵の束をみつけた。
「これは?」
ロメオがスミスの方をみると、真っ青な顔をして立ちつくしている。
「そ、それは、この屋敷の鍵でございます。」
そう、それは先ほどスミスがテーブルの上においたはずの鍵の束であった。

「殺人、ですか。」
消火を終えるのにずいぶん時間がかかった。
どうにか、屋敷全体に火の気がまわるのは防げたが、
父の寝室は、真っ黒の炭の固まりと化している。
ロメオは、父の体に触れて調べている。
「密室殺人、ですね。」
ロメオは、自分に言い聞かせるように呟いた。
「外部の者が、この屋敷に入り、ドナルドさんを殺したとは考えられない。
なぜなら、あの鍵はこの屋敷の唯一の鍵であり、
それは、ドナルドさんの遺体のそばにあったからだ。
あの鍵を手に入れることができたのは、わたしたちだけなのだ。」
つまり、犯人は、わたし、ロメオ、アラン、スミスの4人の中にいることになる。

「冗談じゃない!」
身体検査を求めたロメオに、激しく噛みついたのはアランだった。
「何か、調べられてまずいものでもおもちでしょうか?」
アランは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「で、では、まずはわたくしめから。」
そういうと、スミスはロメオのそばに歩みゆった。
そう、どう考えても犯人はこの中にいるのだ。
彼らは恐ろしくないのだろうか?
今すぐにでも、ナイフを取り出し、自分が襲われるかもしれないのだ。
わたしは、様々なことを頭をよぎった。

フォローする