ひろこ物語2

一人でここに住み始めてずいぶんたつな。
きみといられない日々が、すごくつらかった。
もうすぐきみにあえると思うと、毎日が楽しいよ。
早くきみにあいたいな。
ここは今日雪が降ったんだよ。
きみにも見せてあげたい。
だから、俺が撮った写真を同封します。
PS:きみのことが大好きです。

いつもきみのそばにいた。
いつもきみの横顔をみていた。
きみのことをこんなに好きな俺がいる。
一人になって、さらにきみへの想いが募るばかり。
気がつくと、俺はきみに電話をかけていたよね。
赤い糸って信じるかい?
俺は、全く信じていなかったよ。
きみと巡り会うまで。
ほしかったのは、そんなものじゃない。
きみという存在だったんだ。
ねぇ、ひろこ。
きみの心の中には、いつでも俺がいたよね。
俺の中にも、きみがいるんだよ。
あのとき、鍵を渡したときから。

俺は自分のことを人に話すことって、ほとんどなかった。
悩みなんて、誰にもいわない。
それが俺だと思っていた。
でも、人にいわないということが、自分らしくいられない原因でもあった。
きみは、やさしく手をさしのべてくれたよね。
氷のように閉ざしていた俺の心は、ゆっくりと解け始めた。
そして、現れた扉の前で、ずっと待っていてくれたよね。
やさしく俺の名前を呼び続けて。
いつまでも、いつまでも。
俺は、きみにだけはなにもかもが話せそうな気がした。
だから、この心の扉を開くことができたんだ。
この扉の鍵、きみにだけあげたもの。

「はるかぁ、好きな食べ物ってなぁに?」
うーん、なんだろう。俺、あんまりそういうの興味ないんだよね。
「ビーフストロガノフ、かなぁ。」
なんとなく、ゆってみた。
「そっかぁ。」
うーん、なんともゆえないなぁ。
「ていうか、ひろちゃんが作ってくれたものなら、なんでもいいよ。
なーんてゆってみたり。」
「えへへ」
笑ってるひろこ、ああ、なんて可愛いんだろう。
次の日に、ひろこにお腹がすいたーってゆった。
「今日ね、材料かって、練習したんだよ。」
「え、何の?」
「ビーフストロガノフ。はるかが好きだってゆったから、いっぱい作ったんだよぉ。
お手伝いさんにもいっぱい食べさせちゃった。」
「うそー、おれ、適当にゆったのに・・・」
「えー!?」
「だって、俺そんなに好きな食べ物とかないし。」
ひろちゃん、ちょっとショックって感じだった。
「でもね、ひろちゃんが作ったものならなんでもいいよぉ。
すっげーうまそうだもん。俺にも食べさせて。」
「うん。」
なんか、こういうのっていい感じ。
ひろちゃんの手料理かぁ。早く食べたいなぁ。
「もうすぐね。」
もうすぐ、ひろことあえる。

あたりが一面雪にうもれたころ、俺はひろこにあえた。
彼女は、とても・・・
言葉がでない。うん。すげーいい。
「はるか、これ。」
俺は赤いマフラーを手渡された。
彼女はにっこりして、俺をくるんでくれた。
「これ、ひろことおそろいなんだよぉ。」
なんか、心の中まで暖かくなった気がした。
「いつまで、一緒にいられる?」
「はるかが望むならずっと。」
えへって笑う彼女の顔がとてもかわいくて、
きみのことがさらに好きになった。
「大丈夫?」
あは。大丈夫だよ。きみがそばにいてくれれば。
俺のそばをはなれないでね。

「ごほごほ。」
「だいじょうぶ?」
「うん、ちょっと風邪っぽいの。」
ふらっとしたひろこは、俺の胸に顔をうずめた。
「ごめんね。」
「ううん、いいよ。このままで。」
ひろこのぬくもりが、体全体に伝わってきた。
きっと、体調が悪いのに、わざわざ俺に会いにきてくれたんだな。
彼女の額はすごい熱を発していた。
そんなひろこをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。」

きみは、とうとう風邪をひいてしまったんだね。
体調が悪かったのに、わざわざ俺に会いに来てくれて。
冷たい風は、きみは耐えられなかっただろうに。
俺は、ひろこにあいにいった。
彼女は、一人、ベッドの上で休んでいた。
静かに眠っているひろこをみると、起こしてはいけないな、
そう思って部屋をでようとした。
「はるか?」
ひろこは、俺に気づいて、にっこりと笑ってくれた。
「だめだって、無理しちゃ。よこになってな。」
そういっても、わざわざ体を起こして、俺のところまできてくれた。
「ねぇ、はるか、そばにいて。」
俺は、ソファーにすわり、ひろこのそばにいた。
ひろこは、俺のひざまくらでよこになっている。
目をつぶっているひろこの表情は、とても優しいものだった。
たらららら・・・たららら・・
「なあに?その歌。」
俺は、優しくひろこを見つめ返した。
「ねぇ、はるか。だれのうた?」
「俺のだよ。」
そういうと、えー?って不思議そうな顔をした。
「これはね、ひろこのために作ったうたなんだよ。まだ、完成してないけどね。」
ひろこは、すごくうれしそうな顔をした。
「まっててね。」

ここにいると、ピアノの音が聞こえてきそうだ。
きみが奏でるピアノは、心まで響いてくるものだったね。
俺は、きみのピアノがすきだったんだ。
でも、あの日から、ひろこはピアノを弾くのをやめてしまった。
あれは、子供たちにピアノを弾いている時のことだった。
言葉をなくした子供が、ひろこのピアノを聞いてしゃべれるようになった。
なくしていた記憶も、閉ざしていた感情もいっしょに・・・
みんな、この奇跡に言葉がでないかもしれない。
ただひとり、ひろこをのぞいて。
きみは、あのときの少年の顔が、そんなにも苦しいものだとわかっていたんだね。
忘れていたいことを、思い出させた、
あの子にとって、どちらがよかったのだろう。
きみは、あのこの気持ちがすごくわかるんだね。
俺には、もう、どちらともいえないよ。
ひろこも、あの子と一緒に苦しんでいるんだね。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。」
きみのやさしさにふれていただけだよ

少しずつ、ひろこの風邪もよくなり、外出できるようになった。
外は、雪がつもっている。
「また、風邪引かないようにね。」
「うん。」
俺の前では、元気そうなひろこを演じてくれてる。
それでも、あまり無理をさせるわけにはいかない。
「ねぇ、ほら、これ。」
俺はちっちゃな雪だるまをみせてあげた。
「わー、かわいい。」
ひろこはすごく喜んでくれる。
俺は、くまのぷーさんをプレゼントした。
そして、もう一つのプレゼント。

夢のなかで・・・ 夢のままで・・・

きみにあえたとき ゆっくりとからみつく 暖かなぬくもり
遙か昔から そうであったように ぼくらはともにあゆみだす
いつから忘れてしまったんだろう 流れる時とともに
短いときのはざまで 僕らが手に入れたもの
夢のなかで 僕らはであい 夢のままで いきてゆくのか
はじまりは いつでも きみとはじまる

おきまりのせりふで 愛をかわしても まるで伝わりはしない
繰り返される 毎日にうもれて ぼくらはいきている
つたえなくちゃ今きみに みつけなくちゃ失うまえに
どんなに離れてても 僕の中にはきみがいる
夢のなかで はじまった恋は 夢のままで おえてしまうのか
はじまりは いつでも きみとはじまる

まるで嵐の中に 僕らだけがいるように なにも求めずただ二人 それだけで・・・

夢のなかで みつけた恋を 夢のままで ありますようにと
僕のすべてをいまさしだそう きみのためなら いつまでも

「メリークリスマス。」
きみは、ずっと俺の顔をみつめていてくれたね。
少し照れて赤くなった顔で。

桜があたりをおおいはじめた。
ひろこは、もうすっかり元気になっていた。
約束通り、俺はスーツをきて、ひろこの好きなピンクのバラの花束をもって、
学校の門のところでまっている。
きみを今日むかえにきたんだ。
きっと驚くだろう。
今日は、特別な日になるからな。
遠目でひろこがみえた。
俺は、門の前にたち、彼女がこちらに近づくのをまった。
俺に気づいたひろこは、すぐに駆け寄ってきた。
「はるか。」
はぁはぁと息を切らして、それでもうれしそうな顔をみせてくれる。
「ひろこ、卒業おめでとう。」
そっと、ひろこを抱きしめた。
「ね、急ごう。」

エピローグ

「どこへ行くの?」
ひろこは、少しほほえんでいる。
「いいからいいから、俺と一緒にくればいいんだって。」
彼女の手をにぎると、ひろこも強くにぎり返してくれた。
「もうすぐだからね。」
木洩れ日を受けて、ひろこは少しまぶしそうだった。
「ね、ちょっと目を閉じてて。」
ゆっくりと並木通りを抜けていった。
そこには小さな教会があった。
「目をあけてもいいよ。」
奥には、神父さんが笑顔で待っていてくれている。

「ひろこ、結婚しよう。」
「うん。」

F I N

フォローする