新世紀

It is love that rules the world

愛こそが世界を支配する

「新世紀」

とうとう、俺は地面に踏みたつことにした。
ガタンと後ろで車椅子が倒れている。
あいつの顔が、青ざめていくのがわかった。

「ねぇ、ゆうき。早くいこぉよぉ~。」
ちづるが楽しみにしてた、旅行。
今日の昼過ぎに出発が決定した。
「そんなあわてなくてもいいって。まだ朝の8時だろ。
タクシー使えば空港まで20分なんだから。」
俺たちは、今日でつきあい初めて1年になる。

「たのしかったねー。」
幸せに色をつけるんなら、こんな色かなぁ、ってふと考える。
ちょうど、夕日が部屋の中にさしてて、なんとなくいい感じ。
窓をあければ、潮のにおいがするこの部屋は、
最近彼女と一緒に住み始めた俺たちのいえ。
なにもないことが、これほど幸せなことだということを、
後になって痛いほど胸にしみることになる。

「あ、ひさしぶりー。」
俺に声をかけてきたのは、ちづるだった。
一瞬だれか全然わかんなかった。
「なんか、雰囲気ちがっちゃったね、ゆうきでしょ?」
「ちづる?」
彼女の、明るさはすぐに中学時代のそれとわかった。
あのころも、よくこんな風に背中をおされたきがする。
「何年ぶりだっけ。こんなとこであうなんて偶然。」
たまたま待ち合わせで使っていた喫茶店に、ちづるはいた。
彼女は、道に迷ったらしく、この店にはいったらしい。
「いい感じよね、ここ。」
ここで出会ったことを、すごく後悔してる。

タスケテ
一瞬、ちづるの声が聞こえたきがした。
あたりを見渡しても、だれもいない。
そりゃそうだ、こんな夜中にちづるが帰ってきてるはずがない。
あいつは、今出張で大阪にいってるんだ。
明日まで忙しいっていってたし。
それでも、すごく気になった。
ちづるに電話をかけた。
プップップップ・・・
ぜんぜんつながらない。
「おかけになった電話は、現在・・・」
なにしてるんだ。

12月16日、ちづに最後にあったのはその日だった。
「ねぇ、ゆうき、明日から3日間大阪にいってくるから、おとなしくまってるんだよぉ。
浮気なんかしちゃだめだかんねー。」
彼女は、ちょっとメッて顔しておれの方をみてた。
「んなことするわけないじゃん。」
ふふって笑われた。
そう、そんなことをするはずがない。
でも、少し寂しそうな顔をしていた。
今思うと、あのときなにかを決心していたのかもしれない。
「わたしね、、、ううん、なんにもない。
さて、明日早いからもうねるね。」
優しくキスをされた。
今、再び俺はあいつにキスをしている。

俺は、いまちづるの冷たい体をだきしめている。
あんなに暖かかった肌も、今ではただの人形のように横になってる。
「ちづるぅぅぅ」
何度叫んでも、ちづるは戻ってはこなかった。
もう、二度と俺にほほえみ返してはくれない。
わかっている。
でも、納得したくない。
もう、きみとの時間を一緒に過ごせないなんて。
ちづるは死んだ。

しばらく、俺はなにもできない。なにもやらない。
精神がこんなに壊れてるのに。
自分が自分でいられない。
なんで死んだ?なんで。
どうして俺にいうことができなかった?
俺は、ずっと自問自答していた。
なぜ俺に相談しなかったんだ。なぜ。
あいつの性格を思い出すと、俺に相談しないのはわかる。
でも、一人で解決しようとしなくてもいいのに。
後の祭りか。
もう、なにをいってもしょうがない。
俺のいきてる意味もない。
死ぬか。

新世紀

ずっと海を眺めてた。
ちづるが好きだといって住み始めたこのいえ。
海をみていると、いやなことも忘れられるって。
いつからか、俺も海が好きになった。
あいつがみていた海は、今も同じように生きている。
あの時もそうだった。
「ねぇ、わたし海を空から眺めてみたいの。
だから、どこか飛行機にのって遠くまでいかない?」
その時の彼女は、とても穏やかな表情をしていた。
海をみているときの、それと同じ表情。
「そうだな、今度の休みにでもどこかいくか。」
別に、どこでもよかった。
ちづるはすごく喜んでいた。
今、この海をみると、俺はあのときのちづるを思い出す。
すぐ横にちょこんとすわっていたあの日々。
今も、すぐ隣にいるような気がする。
それでも、ちづるはもういない。
もう、二度と俺に微笑んではくれない。
頭の中が、ぶるぶると揺れている。
何かに捕まらないと、倒れてしまいそうなほど。
苦しい。
気がつくと、俺は海の中に腰のあたりまで浸かっていた。
このままいなくなるのもいいな。
ちづるも海にかえったんだ。
俺も海に帰ろう。

ゆうきくん、ちづるのことききました
ちづる、ゆうきくんには絶対ゆわないでってゆってたんだけど
ずっといやがらせをうけてたんです
仕事先にも変な電話をしてきて
ちづる、自分でなんとかするってゆってたんです
わたしは、ゆうきくんに相談した方がいいってゆったんですけど
でも、あの子って、がんばるっていうか
ごめんなさい、今頃こんなことゆって
あのこを襲ったの、もしかしたらそいつじゃないかなって思って
元気だしてくださいね
暗い海に沈みかけていた俺を、誰かがとめたような気がした。
「ちづる、か。そうだな、今死ぬわけにはいかないな。」
心の中までみたされた憎悪が、俺を悪魔に変えた。
ゼッタイユルサナイ

俺は、事件についてなにもきかなかった。
なにを知っても、もうちづるは戻ってはこないんだ。
そう思っていた。
同僚にも、絶対に事件について俺にいうなといっておいた。
新聞も、テレビもみないようにした。
山本刑事の話も、上の空だった。
大事なことを忘れていた。
ちづるの死因。
美智子さんの話が本当なら、もしかしたら殺されたのだろうか。
そう思うと、あいつについて知りうるべきことは、すべてしりたい。
公私混合とゆわれても。
俺は、刑事だ。
ちづる、まってろよ。

俺は、まず事件についての情報を上司に聞いた。
ちづるが、階段から転げおちたあと、車道にでて乗用車にぶつかったんだ。
夜中に突然ふらふらとでてきたんだ。
俺が聞いていたのは、車にぶつかって、すぐに病院に運ばれたけど、
間に合わなかったってことだ。
運転手をせめるのは筋違いだ。
あの人は、当然の応対をしてくれた。
俺は、美智子さんの話と、階段から転げおちたという言葉に妙にひっかかった。
上司はいいにくそうにしていたが、俺に本当のことを教えてくれた。
「彼女には、暴行された後がのこってたんだ。」
俺のなかで、すべてがとんだ。
見つけてやる。
犯人め、まってろよ。

容疑者は、3名。
こいつらは、全員疑わしい。
こいつなんか、一度は捕まってる。
何かあったに違いない。
残りの二人、一人は学生服をきていたあやしい男。
もう一人は、きれいな女。
携帯に俺の番号があったから、最初、俺まで容疑者にはいってたらしい。
ま、俺は一人だったからな、アリバイなんてあるわけがない。
ちきしょう。
ゆるせねー。
みつけ次第、俺がはかせてやる。
法の裁きなんて甘いものを期待させない。
かならず、この手で。。。

疑わしきは罰せず、か。
俺の見る限り、こいつが一番怪しいだがな。
写真をみてると、なにか感じた。
これは、刑事としての感か。
しかし、ほかのやつの写真が手に入らないことには、
調べようがないな。
とりあえず、俺もあっちへいくか。
大阪へつくと、あたりが雪景色だった。
「そういえば、今日は大雪だったんだな。」
冷たい風が、俺の心まで吹き抜けてくるようだった。
叔父の村橋警部に、容疑者について質問した。
「山本伸一郎、こいつはね、兄貴を殺したんですよ。」
横から、部下の伊能さんが教えてくれた。
「当時、父の山本伸行と兄伸彦が酔っぱらい運転のトラックに衝突されましてね、
伸行は車椅子、伸彦は章句物人間になったんですよ。
兄っこだった伸一郎は、兄のために窒息しさせたらしいんですよ。」
俺は、少しだけこいつの気持ちがわかった。
俺はいつも兄貴を尊敬していた。
兄貴が刑事になってたから、俺も刑事になったんだ。
でも・・・
「いま、こいつの暮らしはどんな感じですか?」
「母親が入院して、今は一人で暮らしている。」
ふぅ。
「俺も、こいつが怪しいと思っているんだが、どうにもな。」
叔父が重い口を開いた。
「そもそも、こいつが捜査線上に上ったのは、昼間ちづるくんと口論してたわけなんだが、
それ以上に、物証がないんだ。推論だけではこいつを逮捕することができないからな。」
「彼女を脅す時に用いられたと思われるナイフでもでてくれればいいんですけどね。」
次の日、俺にナイフが見つかったと報告がはいった。

ナイフは、近所のスーパーに売られているものと同じであることがわかった。
売られたのは、事件発生の前日。
しかし、このことは、少し疑問をよぎらせた。
ちづるが大阪へ行った次の日のことだ。
犯人は、最初から犯行を計画していたのだろうか。
俺の頭の中で、あらゆる推理が繰り広げられる。
犯人は、だれでもよかったのか。
頭のいかれた犯人の考えなんか、俺にはひらめきもしない。
暗闇の迷路を歩いているようだ。

「犯人の気持ちにならなきゃ、わからないよ。」
昔、ある事件でベテラン刑事の岡田さんにゆわれたことがある。
「相手が、何を感じて、何を思って行動したかをよく考えるんだ。
ヒントはいくらでもおちているんだ。それを読みとらないと、ただのごみだぞ。」
岡田さんは、俺に一つの時計をみせてくれた。
「これ、どう思う?」
俺には、ふつうの時計にしかみえなかった。
「見るんじゃなく、観るんだよ。」
そういって、一つ一つについて俺に教えてくれた。
「いいか、一つ皮を破るんだ、そんな堅い頭じゃ、犯人の心理なんてわからないぞ。」
今その言葉が、痛いくらいに胸をさす。
「相手の心理をよめば、相手の息づかいまで伝わってくる。
あいつは、犯行後どんな気分なんだろうな、おまえ、そんなことを考えたことあるか?」

「警察なんて、どうってことないな。捕まえられるものなら捕まえてみろ、なんて思ってると思うか?」
俺は、考えていた。
「俺たちと一緒だ。」
しばらく間があった。
「おまえ、いじめってやったことあるか?」
「いいえ。」
「だから、おまえはだめなんだよ。」
岡田さんはため息をついた。
「いいか、おまえの頭の中は、どうせいじめなんて人間のくずだとぐらいしか思ってないだろ。
教師も世間も、いじめは悪いことだ、そういう風に吹聴してるからな。
でも、それじゃ、子供はなぜいじめが悪いのかわからないんだ。
いじめがなぜだめなのか、それはおまえがいじめを体験しなきゃ、わかりっこないんだ。
相手がなにを考え、なにを思っていじめているのか、おまえも体験しろ。
犯人を捜すってのは、そのくらいの気持ちでいなきゃだめなんだよ。
もっとどん欲になるんだな。」
しばらくして岡田さんは最後にこういった。
「一番あせってるのは、犯人だ。」

「人目が気になるんだ、小声も気になるんだ。
街を歩くだけでもびくびくする。自分がいまどんな状況におかれているのか、
現場に戻るっていうのは、跡がどういう風になっているのか。
途中、誰かにみられたんじゃないのか。今、この瞬間も誰かに監視されてるんじゃないのか?
ここにもいられない。
家にいて、チャイムがなるだけで、警察がきたとびくびくふるえる。
ぷるるると、電話がなるだけで、心臓がとまりそうになる。
ふつう通りに生きていく、ふつうの犯人には無理だ。
そういう訓練をしていないと。
街を歩いていて、少しでも自分のほうをみている人がいると、目をそらす。
話し声が聞こえるだけで、自分のことをいってるのではないかと、妄想が広がる。
犯人が、一番心が安まる場所があるとすれば、それは暗闇の中だ。」
そういえば、兄貴がそんなことをゆってたな。

俺は、聞き込みを始めた。
犯行に使われたと思われるナイフを売っていた店の店員に、
山本伸一郎の写真を見せてみた。
「あんまり覚えてないんですけど、この人じゃなかったと思います。
買った人の方が、ほっそりとした身長がある人だった思いますけど。」
「ここでは、このナイフはどのくらい売られているんだ?」
「ここでナイフを買う人は少ないですね。果物ナイフなら、前の通りにやすく売っている店がありますから。
ふつうに買いにくる人以は、あまりいないですね。」
「じゃ、なにか思い出した、ここに電話をしてくれ。」
「はい、わかりました。」
ナイフには、丸橋というマークがついていた。
これは、スーパー丸橋の商品ということになる。
犯人は、どうしてここでナイフをかったんだ?
わざわざ、限定されやすいこの場所で。

容疑者のうち、女の方は全然みつからないらしいが、
やっと学生服姿の男らしいやつの情報がはいった。
「ああ、そいつでしょ?病院の前でナイフ出して、
そうそう、その写真の子に襲いかかろうとしてたんですよ。
あ、でも逆にやられちゃってましたけど。
その時間、いつも暇なんで、屋上で日光浴してたんですよね。
そしたら、そういうのがあったから。
そう、学生がこの時間に病院にくるなんて、おや思いのいいこだなーって。
え、なんでそう思ったかって?
だって、そうじゃないと、この時間に病院にくるなんてないでしょ?
親のうち、そうだなぁ、俺だったら母親が入院してたら、たまには見舞いにいこうって思うけどね。
あ、でも看護婦さんに呼ばれちゃったから、そこまでしかみてないですけど。
どうです、俺役にたったでしょ?」
その後が肝心なんだよ。

夕方ちづるが訪れた喫茶店の店員に聞きにいった。
「そうです、落とし物をしたらしくて、何か探していたみたいです。
私に、書類が落ちてませんでしたか?って聞いてきました。
そのときに、落とし物があったので、これですか?といって封筒を渡したんです。
そしたら、女性の方が、急に倒れられて。
中身の書類はびりびりにやぶられていたんですけど、一枚だけ文字を切り張りされた紙がでてきたんです。
今日でおまエは死ぬ
そうかかれていました。
その落とし物を届けてくれた人が、綺麗な女性の方だったんですけど、
そんなことをしたのは、あの人じゃないですよね?」

ちづるの会社にいやがらせ電話をしたやつがいるというのは、上司にもきいた。
全部、女性だったそうだ。
でも、それとは別に?また謎の制服姿の男。
謎の女性は、会社にちづるの嘘の噂を流したり、郵便にかみそりをいれたりして、
幾度となく嫌がらせをしていたらしい。
一度、ちづるが一人でなんとかしようとして、喫茶店によびだしたらしい。
そのときに、同僚がみかけたらしい話と、ちづるの友達のゆきさんの話を総合すると、
喫茶店で、お話をしていたのが、女性だったということだ。
そのとき、ちづるは顔を真っ青にして、カバンからペンをとりだし、
相手の女性の胸に突き刺そうとしたらしい。
その女性は、すっとよけて、最後に耳元で、なにかをささやいたって。
がちゃっと、コーヒーカップが下に落ちる音を聞いて、店員もかけつけたが、
そのときには、ちづるは、ぐったりした様子で、ないていたんだ。
いつからだ、こんなことにまきこまれたのは。
ちづる、おまえはなんで俺に相談してくれなかったんだ?
俺がいつもおまえのそばにいたのに。

ふとしたことから、あることに気づいた。
そのとき、俺は暗闇のなかに、一筋の光を感じたきがする。
それは、子供が写真をみていたときだった。
「おっきくうつりすぎて、まわりがみえないじゃん。」
俺は、あいつの写真をみた。
警察の誰かがとったのであろう、遠くから写された一枚の写真。
背景にとけ込むように、薄い影を残しながら、山本は写真に写っている。
そんな大きく移っているわけではない。
ほっそりしているほうだ。
俺は、一度山本本人を直接みたことがある。
家からあまり出ないようで、少しふとっている少年だった。
しかし、写真の山本は、陰をうけて、全体的には少しほっそりうつっている。
体の中があつくなってきた。
だんだんと俺のアツイ何かが全身を駆けめぐった。
そこには、拳を握りしてめいる俺がいた。

「おまえ、どういうことなんだ?」
俺は、ナイフを売っていた店の店員の胸ぐらをつかんだ。
しかし、店員は、うっすら笑っているだけだ。
「おい」
ぐぐっと首をしめても、笑みを浮かべてやがる。
ちっ、どうなってんだよ。
こいつがなにもゆわないんじゃ、どうしようもない。
「気づくの、案外遅いんですね。」
ぼそっと、そいつがささやいた。
「なに?」
「優秀な刑事さんってきいていたもので。」
そういったあと、また嫌らしい笑みをうかべている。
くっくっくっ・・・と、高笑いする店員を前に、
俺はこいつを殺してやりたいと思うようになった。
なぐってもなぐっても、いやな笑みを消しはしない。
まるで、殴られることを楽しんでいるようだ。
「刑事さん、教えてあげようか。
あの写真の男、ここでナイフをかっていったよ。
なんでも、人を殺すとかいってたな。」
それでも、くっくっくっと笑っている。
「でも、気をつけた方がいいよ、ターゲットはあなたなんだから。」
「うるさい、やっぱり、あいつだったのか。」
俺は、あいつのもとへ向かった。
俺が制裁を加えてやるんだ。
「ターゲットが動き出しました。」

バンッ
ちきしょう、どうなってんだ?
自分の体が中に浮かんでいるのをみるなんて。
どうしちまったんだ?
ブゥン・・・
おい、まてよ。おれは、ここにいるぞ?
あ、そこのきみ、おまえだよ、そうそう、おまえ。
なんで、おれをむしするんだ?
おい、手が動かないんだよ。
おい、おい。
・・・
・・

おれは、死ぬのか?

遠いところまで逝った気がする。
あれは、ちづるか?
ゆうき
彼女が、俺の近くで笑ってる。
あの景色きれいだよねー。この前の旅行を思い出すよ。
ふふふって笑ってる顔が、とても懐かしかった。
ちづる。
え、なあに?
おれ、おまえの敵、とれなかったよ。
もう、ゆうきったら、そんなこと望んでないのに。
だって、おま・・・
ちづるは、しーって、俺のくちに指をあてた。
ほら、あのときの景色もこんなにきれいだったよね。
でも、もうしばらくしたら、また前みたいに一緒にこの景色をみられるんだよ。
こんなところで、二人で暮らせたらいいなーって。
そう、もうしばらくしたら。
まってるからね。
意識が、夢が・・・
気がつくと、俺は病院のベッドに横たわっていた。
「これが現実か。」

気がついたのは、1週間ほどたったあとだった。
「大丈夫ですか?」
大丈夫じゃねーよ。そう思ったが、おとなしくしておいた。
動きたくても動けない。
どうやら、リハビリが必要だ。
あの車、そう考えた時、頭がズキズキ痛んだ。
はぁ、もうやめだ。
あいつも、それを望んでいないようだったしな。
ちきしょうちきしょうちきしょう。
そんな簡単にあきらめられねぇ。
ちきしょぉぉぉぉ

しばらく、ここをふらふらすることにした。
院内には、美容師がいるらしく、ついでに俺もカットしてもらった。
久しぶりに、短髪にしてみた。
ちづるが、「ろんげにしなよぉ、絶対にあうって。」って、
ゆってから、ずっとのばしてたもんな。
少しずつ自分のことを考えられるようになった。
近くの病室のおばさんのおかげだ。
「はい、これもたべなさい。これも。おいしいわよ。」
そういって、俺の母親のように、いろいろ世話をしてくれる。
とりあえず、病院をでるまでおとなしくしておこうと思っていた俺にとって、
すごく依っているのかもしれない。
「ほら、ゆうきくん、あなた、かみが痛んでるわよ。
少し短くしてみたらどう?」
そのあと俺は鏡を覗いてみた。
ひさしぶりにみる自分の顔。
頬はやせこけ、眉間にしわがよっている。
「いつからこんな顔になっていたんだ。」
のびきった髪の毛は、知らん顔で俺をみている。
「よし、髪の毛でもきるか。」
おばさんは、うれしそうに、
「あ、ずいぶんすっきりしたわね。そっちの方がいいわ。」
そういわれてもなぁ。
ちづるがゆってくれるなら、うれしいんだけど。どうもなぁ。
「リンゴ、どうぞ。」
少しは、人間らしくなってきたかな。

「ゆうきくんの足、早く直るといいわね?」
「いやー、これ、一生このままらしいっすよ。」
ちょっとうそぶいてみた。
「まぁ、それは大変。でも、いつか直るわよ。
医療技術も、日々進歩してるんだから。」
ほんと、明るいおばさんだなぁ。
「なんで、そんなに明るいんだよぉ。」
少し笑ってるようだった。
「なぜだろうね、あなたが子供のように思えてきたからかしら。」
「まじで?俺も、なんかおばさん母親みたいな気がしてきたよ。」
「そう。うちにも、息子がいるんだけどね、いっつも暗いの。
私の明るさをわけてあげたいくらい。」
「へぇー。」
そんなたわいもない話をするのも、少し楽しかった。
「あ、あのこったら、珍しい。あれが、うちのばかむすこ。」
俺がおばさんの視線の先に目をやったとき、
ぶるぶるっと、全身に電気が走った。
み つ け た

おばさんは、俺に息子を紹介してくれた。
俺も会釈をしておいた。
「おばさんには、よくしてもらってます。」
「もう、そんなことないよ。」
「なんだ、結構元気そうじゃん。」
「まぁね、遊び相手がいるから。」
「ふーん。」
「あ、じゃぁ、俺部屋に戻ってますね。」
「え、いいのに。」
そういってる息子の脇をさっと通り過ぎた。
後ろでは、親子で会話が盛り上がっている。
あとは、、、俺の足が動くかどうかだな。

思いがけなく、あいつから俺に近づいてきた。
「どうっすか?体調。リハビリとかしてるんすか?」
「ああ、まあね。」
「早くよくなるといいっすね。」
「まぁ、病院も楽しいからいいんだけどね。」
「ははは。」
のんきなやつだ。
おれが、よくなると、おまえの命がなくなるのに。
俺の体が、ゆっくりと命令通りに動くようになってきた。
あいつがそばにきたときに、とどめをさせればいいが、
体がうまく操縦できない今、あいつをおそうのは危険だ。
あと少し、あと少しからだが動くようになれば、
あいつにとどめをさしてやる。

今日だ。
俺は、心に強く決めた。
体が俺のいうことを聞くようになった。
おばさんも退院するらしい。
親切にしてくれてありがとう。
少しの間だけ、人間らしくなれたかな?
それでも、俺はもう、おばさんにあうことはない。
あなたの大事な息子を殺してしまうんだから。
ちづる・・・
おまえは、もう望んでいないのか?
俺が今からすることを。
ちづる・・・
もうすぐおまえの元へいくよ。
もう、生きてるいみがない。
ちづる

カツンカツン・・・と廊下を歩く音が聞こえてきた。
あいつがきた。
おまえも、俺と出会わなければ、よかったのに。
「こんにち・・・は。」
俺は、ぐっと地に足をはわせ、持っていたナイフをぐっと腹にさした。
「な、なに、して、るん・・・すか?」
少し引きつった顔で、俺をみている。
俺が立ち上がった衝撃で、車椅子が後ろの方へがたんと音を立てて倒れた。
「おまえが、ちづるを・・・」
その言葉をきいて、あいつの顔が青ざめていくのがわかった。
ナイフを目の前でちらつかせると、口をぱくぱくしながら、
首を横に振っている。
「もう、遅いんだ。」
そういって、俺は、あいつの首にナイフをたてた。
赤い血が目にはいり、俺にはもうなにもみえない。
ぐさりの胸にナイフが刺さる。
ちづる
もう、なにもみえない。
なにもきこえない。
た ス k eて

はじまりは、いつも突然やってきて、俺たちの日常を狂わせる。
おわりは、いつだって、暗い陰を残す。
みえない何かに操られて、それでも、自分の行動は自分の意志だと、
なにもかもを否定して、また肯定する。
終わりを考えると、体が動かない。
始まりを考えると、未来が見えてくる。
ちづると二人でみるはずの未来は、一瞬に泡と消え、
いつからかなにもみつからない日が続いた。
俺の未来は、あのときにきえた。
俺は、もうただ運命に生かされているだけ。
自分の意志か、それとも、運命という糸に操られているだけか。
なにもかも、時の流れに身を任せ・・・
そして、今ここでそれも終わる。
「ちづる。いまから、いくよ。まっててね。」
赤い涙が、頬を流れ落ちた。

新世紀編 完

フォローする